<CDリリース>近藤浩章 produce
鈴木ほのか 3rdアルバム
「HONOKA's Musical FavoritesⅢ」

Honokacd03_4

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年3月30日 (金)

長い冬眠の果てに…

長い間冬眠をしていて目を醒ましたら3月が終わろうとしていてびっくりしている。

2012年のプロ野球が今日から始まり、
春の選抜高校野球もベスト8が出揃って今日から準々決勝だ。
気候はやっと春の入口に差し掛かった辺りで
南からチラホラと桜便りを耳にし始めたばかりだ。
東北の被災地は一向に加速しない復興に
人々の溜め息やら叫びが響き渡っているようだ。

原発の除染も遅々として捗らずまもなくこの地方にも桜の季節がやってくる。
福島の原子力発電所は収束どころか今も不安定な状態が日々報道され、
人智を遠く超えた所で放射能が目に見えない脅威を奮っているようだ。

復興の遅れを尻目にしながら、泥鰌内閣がひたすら『増税』だけでひた走っている
この異常奇天烈な『日本の政治』は最早終わっているとしか思えない。

そういえば、泥鰌とやらのコメディアンさながらのNO-DA首相の顔も
冬眠前に比べると随分冴えない悪者面になっていることに気づくのだ。
18才から(?)吸いつづけていてやめようとなさらない煙草が
泥鰌の歯に染み付いた黄ばみとして象徴的に刻印として表しているのを
何とも滑稽に感じてしまうのは僕だけだろうか?(笑)

『増税』に「政治生命」や「命」を賭けると声高に叫ぶこの男に
「言葉の重み」はまるでゼロのようだ。

一年前に未曾有の大災害で罪なき人々の『生命』が一瞬のうちに奪い取られた
『惨禍』を心に刻んでいれば、軽々易々と「命」なる言葉を使うことは憚るのであろうに、
言うに事欠いて民に押し付ける『増税』に『イノチ』を賭けるなんて発言は
言語道断であり、言語センスのなさを露呈しているに過ぎないNO-DA。

もはや詐欺集団と化してしまったこの政党はとっとと解散分裂して、
少しでも民の為になる「政治ごっこ」ではない「清事」を一からやり直してほしいものだ。

一橋大名誉教授の渡辺治氏が数日前新聞で述べておられたことがとても印象的だった。
「60年代70年代に日本のあちこちで起こった民衆や学生によるデモが様々な理由で下火になっていたけれども、この原発事故によって再び全国各地で『脱原発』を旗印に沢山の『市民デモ』がうねりのように起きはじめたことは『民の力』に大いなる可能性が生まれ、今こそ、政治や民主主義を国民の下に取り返すチャンスである」と、教授は語っておられた。

きな臭い話は絶えずひと時も目を離せないこの国の政治に審判を下すのは最終的には『国民』であることを忘れず、新たな年度を過ごして行かなけれはいけない。

長い冬眠中ホントに沢山の『夢』を見た。
3・11には福島のいわきの勿来という被災地での『鎮魂祭』に行って来た。
また『復興支援』の為に4曲の歌を書いた。
そしてそれらの著作権を復興支援の為に譲渡した。

さささやかだけど小さなことをこれからも積み重ねていかなければいけないと思っている。

さあ我がドラゴンズも開幕だ。
新生高木ドラゴンズがどんな野球を見せてくれるのか
ひとまずはお手並み拝見と気取っていようと思う。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年1月13日 (金)

『鈍感』で『想像力』に乏しい、
千葉産の「泥鰌」に希望のかけらすら感じられない新年

年が明けてもう二週間が過ぎようとしている。

東京でこの寒さだから、東北被災地の寒さは計り知れないだろう。
復興復旧の歩みの遅さはここに来て顕著だ。
失業保険が切れてしまい就職できない人々が
今日から路頭に迷い始めるニュースが駆け巡っている。

泥鰌不退転ネバーネバーネバーネバー詐欺内閣は、内閣改造を発表したらしい。
が、まるで興味が湧かない。
都合のいい会見だけを、カッコつけてやる、
このNO-DAという百姓上がりのインチキ政治家の顔は、
前任のN-KA-よりも見たくない。
何でもいいから、まず復興復旧を真剣にやれとしか言う言葉はない。
自民党よりも自民党らしい今の、偽民主党は国民を
白昼まんまと裏切ったのだから、責任は重大である。
こういうふうに感じている国民は多いのではないだろうか。
ますます、『無政府人間』になって行きそうだ。

消費税増税は間違っていると語る評論家や学者が
次第にテレビの画面から消されているような感じがしてならない。
『言論の自由封じ』の戦前の「治安維持法」のような手法が取られるようになったら、
この国は終わるし滅びるに違いない。
いつか来た道を二度と辿ることがないように、
厳しい眼を向けて行かなきゃいけないと改めて思うのだ。

時の政府への批判や中傷の類の記事やコメントをネット上で見つけたら
厳しく処罰したり、削除命令をしたりする「ネットを規制する法律」が制定されるような気配も色濃い昨今、真の民主主義を守るべく監視を怠らないようにしたいものだ。

政府や官僚がやろうとしている政策を真っ向から批判していた庶民目線の識人が
メディアから見かけなくなったら、まさに「危機」が迫っていると思わなければならない。
新年早々きな臭い雰囲気がぷんぷんしているが、
昨年未曾有の災害を被った国とは思えない位、
政治屋達の、あまりの『鈍感』を痛感せざるを得ない。

『想像力』の貧しい人々に
この国の「政事(まつりごと)」を任せてはいけないとつくづく思うのだ。

プロ野球に於いては、高木新体制ドラゴンズの
過剰なまでの『リップサービス』が何とも心配になる昨今である。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2012年1月 1日 (日)

謹賀新年 2012

Bdra

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年12月31日 (土)

大変で特別な2011年を終える日に思うこと

本当に久しぶりのブログです。

大変な一年が今日で終わります。

震災、原発事故の復興や収束の目処があまり見えないまま2011年が幕を閉じます。

東北は酷く寒い冬が訪れて、人々は例年の寒さと共に、
心の寒さも受け止めながら生き抜かなければいけない試練を負っています。

僕たちは、この一年を年の瀬の風に吹き飛ばしてしまってはいけません。

不退転の決意でしなきゃならないのは、『増税』ではなくて『復興復旧』です。
全くどうかしているこの国の政府には、最早『感受性』や『想像力』は期待できません。
泥鰌か金魚か解りませんが、
この国を司る総理大臣は、「時代を感じる心」があまりにも鈍く劣っています。
そして、「野田」の下の名前をちゃんと言える日本人も
本当は数少ないのではないでしょうか?
子どもじみている政党に、この国を委ねてしまった「善良な民」は
尽く『詐欺』にあってしまったと思うしかなく、
悔しく辛い一年になってしまったことをただ嘆くしかないのでしょうか。

今年も自殺者が減りませんでした。
年に約三万人ということは、一日に約百人近い人が自ら命を断って行くんです。
こんな文化国家が世界中の何処にあるのでしょうか?

原発事故の収拾に於いても、全世界からの信用を損ない、
見られ方が憐れみから嘲笑に変わりつつある薄ら寒さすら感じます。

来年こそ、この日本に生きる日本人として『誇り』を持てる年にしなくてはと思います。
『正しい眼』を持って『時代』を見つめて行きたいと思います。

今年は『落合ドラゴンズ』が連覇を果たし、『落合退任』の報も重なって、
熱く熱くこの「ドラブロ」を書き綴って来ました。
日本シリーズが終わり、腑抜け状態になって、
ブログを書く気力もいつしか失せてしまっていましたが、
高木新体制ドラゴンズにも注目しながら、来シーズンも熱く語れるようにしようと
思うように段々となって来ました。

今年この「ドラブロ」を訪ねて下さった人々、
またコメントを下さった人々、本当にありがとうございました。

来年こそ、全てに於いて皆で『底力』を見せる年だと考えます。
いい年を迎え、今年一年を「忘れずに」生きて行きたいと思います。

一年間ありがとうございました!

2011last

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年11月21日 (月)

「負けた」という現実は
「勝敗」を遥かに超えた所で僕達を待っていた

昨夜、落合ドラゴンズ最後の試合は『敗戦』で終焉した。

そして、退陣=日本一の「有終の舞」を見ることは赦されなかった。

落合退任の発表の日から昨日まで「カウントダウン」をし続けたファンにとって、
ドラゴンズに於ける「落合野球」は終わったが、「落合」が培った「野球道」が、
ドラゴンズ戦士達それぞれの心の中で
『。』ではなく『、』で終わったことを知らされるのだった。

報道によると、いみじくも「落合」は最後のチームミーティングで
「自分はやめるけどみんなの野球人生はこれからも続く。
今まで通りにこれからも変な野球や気の抜いた野球をするなよ。
自分を大事に頑張ってやってくれ!」
と告げたらしい。

『野球の神様』はやはり存在していた。

『神様』は、「落合門下生」達には、『。』=『ピリオド』を付けなかった。
「負ける悔しさ」と「恩師を胴上げして送れなかった寂しさ」を与えることによって、
「旅半ばの自覚」と「完全優勝への課題」を残したのだ。

「恩師の解任」の異常時での発表から、様々な憶測や心ない報道等が飛び交う中を、黙々とヤクルトから逆転優勝をもぎ取り、クライマックスを勝ち抜き、圧倒的にホークス有利の日本シリーズを第7戦まで闘い抜いて、ヒートアップの限りを尽くして来た選手達は、心と体をも燃え尽くして昨夜の最終決戦に挑んだのだろう。
しかし、史上最強チームといわれた、今年のソフトバンクホークスを押し退けて『日本一』を勝ち取るまでの『力』と『運』はもうどこにも残っていなかったのだ。

選手とファンにとっての「絶頂(ピーク)」は、19日に3勝3敗に追い付き第7戦を迎えられた瞬間だったのかもしれない。

何故か昨夜のゲームでは、
勝敗を超えた所で応援している「穏やかな自分」がいたのだ。
おそらく、多くのドラゴンズファンの中にも
同じような感情の人達がいたのではないだろうか?
穏やかに、この今年最後の公式戦、落合ドラゴンズ最後の試合を、
『野球の神様』に感謝しながら、見届けようとしている自分がいたのだ。

負けたことは確かに悔しかったが、
負けたことやその悔しさがドラ戦士達をさらに靭くしてくれるのならば、
その『神様』の試練には「感謝」すら覚える。

育ててくれた『親』、鍛えてくれた『師』が、離れて行き、
本当に「自立」の旅を始める時が来たのだ。
環境はかわっても野球は変わらない、
だから手を抜かずに自分の野球人生の為にガンバレと「落合」は言いたいのだ。

荒木、井端、森野、平田、藤井、大島、野本、堂上剛、堂上直、福田、
吉見、浅尾、山井、川井、久本、小林、鈴木、中田らは皆、
落合政権が始まってからレギュラーになったり、入団して来た選手達である。

今は、シーズンの闘いの疲労も半端ではないし、
『師』と別れることの心の動揺も隠すことは出来ないだろう。

しかし、この「落合門下生」達は、『師の眼差し』を今まで以上に自ら強く感じながら、
心技優れた「プロ野球選手」になってくれると確信している。

その為の不断の努力を『野球の神様』は決して見過ごすことはない。
その「試練」を乗り越えた時、「完全優勝」という「成果」を得ることが出来るのだ。

2011年という、特別な年に、
『野球の底力』を最後の最後まで、見せることが出来たひとつのチームとして
『責任』を果たすことは出来たのだから、そのことに大きな『誇り』を持って欲しい。

昨夜の瞬間視聴率は九州地区では60%を大きく超えたらしい。

日本一になった秋山監督は、
「震災で被災されて闘っている人達の為に
来年も再来年もずっと勇気と力をあげられるように頑張って行かなければいけない」
と語った。

熾烈な投手戦で、1点を争う緊張感溢れる試合の連続だった
この中日対ソフトバンクの日本シリーズは球史に語り継がれるシリーズになるだろう。

僕たち「プロ野球ファン」は、日本シリーズを闘ったドラゴンズとホークスに
最大級の賛辞を贈らなくてはいけない。
ファンとして夢のような数日を貰い、
ドキドキワクワクした時間を過ごせた幸福に感謝しなくては……。

選手が言う「野球が出来る幸福」と同様に、
我々の「野球が見られる幸福」にも感謝しながら、
被災地の復興に心を向けることも決して忘れてはならないことなのだ。

さて、シーズンは完全に終わり、僕の『ドラノート』も終わった。

オフの様々な動向も今後ドンドン活発になって行くだろう。
新聞にも、いよいよこの日を待っていたかのように、
新しいコーチ人事が発表されていた。

もう?と思うけど、これもまたひとつの現実なのだろう。

落合博満さんはどうするのだろうか?

「言わなきゃダメか?」とはぐらかされるのがオチだろう。

ドラ吉の僕が、8年前、
「中日スポーツ」紙上での週一「コラム・Dエッセイ」を依頼されたのと
「落合博満新監督」誕生が同じ年であったことから不思議な『縁』を感じて、
「彼」を追い掛け始め、紙面への連載がなくなった後も
こうして「ブログ」に「彼」に関して語る記事を載せ続けて来た訳だが、
「彼」がドラゴンズを離れて一番困っているのは、
実の所、ホントは僕自身かもしれないと思っている(笑)。

明日から何について書こうかと途方に暮れながら
少し虚脱した自分を持て余してはいるが、
しばらくは8年間の余韻に浸っていようかと思うのである。

落合ドラゴンズに感謝!あ・り・が・と・う!

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年11月20日 (日)

落合ドラゴンズファンの1番長い日が始まる朝

さあいよいよ、今夜福岡の地で『落合博満中日ドラゴンズ監督』の
『最後』の試合の幕を開け幕を下ろす。
2011年日本シリーズ、3勝3敗、落合監督ではないがここまでは予定通りだ。
なぜなら退任が決まった「落合野球」を、1試合でも多く見たかったし、
「野球の神様」が落合ドラゴンズファンにそんな気の利いた「演出」をしてくれると
確信していたからだ。

僕の「未来日記」には、今夜延長の末、「2-1」で勝ち、
落合監督の「有終の舞」が見られることが記されている。

8年間辛苦を共にしたドラゴンズ戦士達とそのスタッフ達の
「監督ありがとう!お疲れさま!」の万感の想いに乗せられて『落合博満』が6度舞うのだ。

今僕は1年間書き綴って来た『ドラノート』の最後のページを開いた。

2011・11・20福岡ヤフードーム、
ソフトバンク対中日ドラゴンズ 日本シリーズ第7戦
と記した。

そして
祝 日本一 優勝おめでとう!
落合博満監督ありがとう!
と、書けるように祈りながらその『時』を静かに待とうと思うのだ。

落合ドラゴンズファンにとって、1番長い日が始まった。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年11月18日 (金)

3日間吹き荒れたホークスへの『風』が、
その向きを次第に変えながら福岡に向かっている!

ある程度は予測していた現実が
一番不安で心配なギリギリの結果となって目の前に現れた。
落合ドラゴンズも、いよいよ土俵際だ。

昨夜は全く打てず事実上は完敗だった。
チェンも先制点を取られながらも、
3回の監督直々の「喝!」に目覚めたのか、別人のように8回 途中まで投げたが、
得点が取れない味方打線を待ち切れずに8回力尽きてしまった。
小久保に投じた渾身の118球目の内角ストレートをボールと判定されて無死満塁、
そして降板。
ドラゴンズのユニホームを着てのチェンの勇姿も
これが見納めになるのかもと一瞬僕の心を過ぎったが、すぐに慌てて僕は否定した。
ピッチャー・河原!のコール。どよめきが起こる。
「浅尾じゃねえのか!」という声がナゴヤドームにこだまする。
落合ドラゴンズをここ3年何度となくチームの窮地を救って来た男にも、
もはや鷹の勢いを止める力は宿っていなかった。
死球、左前安打と3点をあっという間に奪い取られてしまった。
満員の客は一斉に立ち上がり帰り始める。
悔しいが、これが現実。
8年の落合ドラゴンズ最後のナゴヤドームの試合が
一瞬のうちに音を立てて壊されてしまうのだった。
『落合博満』という「勝負師」は、最後まで「オレ流」を貫いたのだ。
「ファンの納得」よりも「勝負師の勘」を「優先」したのだった。
そしてそれは最後まで、『日本一・完全優勝』を諦めない『意地』と、僕は見たのだ。

あの「流れ」は浅尾だろうが岩瀬だろうが、止めることは出来ないと考えたのだろう。
直前に小久保に投じたチェンの内角ストレートは
「ストライク」とコールされ、三盗アウト、ゲッツーとなってもおかしくなかったからだ。
アンパイヤーのちょっとしたジャッジを含めても、
ここナゴヤドームでの試合は「流れ」というものがことごとく敵軍に行っていたのだ。
前日も井端へホールトンがツースリーから投げた低めのストレートは
明らかに「ボール」であったが、「ストライク」のコール、
そして三盗アウト、ゲッツーチェンジに終わった。
判定がどうのこうのという訳ではなく、試合の「流れ」が大事な局面で、
全て相手に行っていると感じ取った『勝負師・落合』は、
敢えて「流れ」に逆らうことをしなかったのだった。
河原には気の毒だが、ここは浅尾の身代わりとして「行ってくれ!」という気持ちが
僕には痛いほど伝わって来た。
あわよくば風の方向が変わり、
相手の打ち損じやらで抑えてくれることがあれば、
という「偶然」にすがることしかなかったのだった。
勝負事に於いてその「風」を読むことは最も大事な一つだと思う。
試合を捨てたように見えた「落合」の選手起用にファンの怒りが爆発することも
全て承知した「落合」の判断だったのだ。
浅尾を敢えて「逆風」に晒さなかった「英断」は
きっと福岡での最終ラウンドで生きて来ると、僕は信じている。

体勢がほぼ決まった9回、久本をシリーズ初めて起用した。
そして川崎・本多・城所の1・2・3番打者を三者三振。
大きくうねりのように吹いていたホークスへの「風」を断ち切ったのだ。
そして最後のバッターに、これも今シリーズ初めての堂上剛を起用した。
アウトにはなったが、馬原のボールをしっかり捕らえていのだ。
久本と堂上剛が、
福岡での最終ラウンドでの接戦のどこかで活躍するような予感がしたのだった。
3日間吹き荒れた「風 」は静かに向きを変えながら福岡へと向かっていると信じて、落合ドラゴンズのホントのホントの最終決戦を見届けたいと思うのだ。

そして、やっぱり、
『最後はドラが勝つ』のだ。
そして以前ブログに書いた僕の『未来日記』の実現が
次第に現実味を帯びて来ている予感を感じている。

ガンバレガンバレドラゴンズ!燃えよドラゴンズ!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年11月17日 (木)

日本シリーズ第5戦が、
落合ドラゴンズ最後のナゴヤの夜になる
という現実が刻々と……

ナゴヤドームでの胴上げを期待し夢見ていたファンには
残念な2敗目になってしまった昨夜の敗戦であったと思うが、
これが本当の『頂上決戦』であろう。

地元・福岡で連敗したホークスナインの全員が、「日本一」という言葉を封印して
「もう一度福岡に帰ろう!」
を合言葉に変えた時、『野球の神様』はその謙虚さに微笑むことを決めたのだと思う。
浮ついていたシリーズ前の雰囲気は今のホークスには無くなっている。
だからこそ、この手に汗握る連日の決戦が約束されたのだ。
ドラゴンズナインには、元々自信過剰で浮ついたような部分はなく、若い平田あたり時々
「このまま連勝して早く胴上げがしたい…」
というようなコメントをインタビュワーの誘導尋問に乗せられて発してしまう位で、
他にはなかなか見られない位に謙虚で慎重であるのだ。
例の「小田発・やりまぁしたぁ!」も、慎重に慎重を期して発せられるのである。
相手にスキを見せたら付け込まれるといった「武士道」に由来する信念を持つ
「落合監督」の教え所以なのだろう。
世間から『大人のチーム』という呼ばれ方をされることが多いのも
こういう所から来ているのだと思うのである。
ファンサービスという面に於いてはいささか「不満」な部分であるのかもしれないけど、
こうして8年間僕たちは「落合ドラゴンズ」と共に歩いて来たのだから、
それを「誇り」に思いたいと考えている。

この時期に野球をやれる2チーム、そしてそれを必死に応援出来る2チームのファン、
この有り難い幸福を思いっきり味わおうよと声を大にして叫びたいのだ。
昨夜の敗戦を歎き、選手や監督を責めなじる意見も飛び交ってはいるけれど、
相手も必死で力と力をぶつけ合いながら闘う両チームの選手達に
感謝と声援を送り続けながら、
あと「三つ」の熱戦を楽しむことにしなくちゃいけないと思うのだ。
今の所、敵軍ホークスには「スキ」が見えて来ない。
だから今夜もどちらに『野球の神様』が微笑むのか分からない試合になるに違いない。
勝った方が「王手」をかけて、福岡の地へ向かうことになるが、
その時の選手や監督のコメントに最終決戦へのヒントが隠されていると思うのだ。

最後の「三つ」の「一つ」が、今年最後の、
いや、落合ドラゴンズ最後の、ナゴヤドームでの闘いが今夜幕を明け、幕を下ろすのだ。

僕たち、”落合ドラゴンズファン”にとっては、『特別な夜』になる、

2011・11・17 の試合を、瞼と記憶に深く刻んでおこうと思っている。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年11月16日 (水)

『野球の神様』の『演出』が冴え渡る日本シリーズ

地元福岡でまさかの2連敗で名古屋に乗り込んで来たソフトバンクホークスは、
ユニホームを黒に替えて名古屋決戦に挑んだ。

流石にパ・リーグの最強王者、2連敗の焦りもなく堂々とした試合前の表情には
一点の不安や迷いも見つけることは出来なかった。
「たいしたもんばい!」
案の定、中26日空いた病み上がりのネルソンを攻めて、
結局ふた桁安打で福岡決戦の雪辱を果たし、4対2 で勝った。
試合後、我が知将・『落合博満』は、
「うちらしいといえばうちらしい負け方だな。でも足は動いているから大丈夫!」
と、「らしいといえばらしい」コメントで、取材陣を煙に巻いた。
「落合監督」のコメントにはいくつかのパターンがあって、
プリントしたようなコメントが発せられるから面白い。
記者が原稿を書くのに、コピー&ペーストをすれば出て来そうな
一字一句違わないコメントが出て来るかもしれない(笑)。

まあ「落合監督」にとっては、このネルソンによる1敗は想定の内であって、
また1試合多くこいつらと試合が出来るとでも思っているに違いない。
『野球の神様』も福岡でまさかの連敗を地元ホークスにさせて、
今年のホークスを引っ張って来た強打者「内川」にはヒットを打たせず、
いい当たりはことごとく野手の正面を突かせるという悪戯を施している。
昨日は昨日で、今シリーズ「逆シリーズ男」になりそうな「多村」と、
ホークス1の「安全牌」の「細川」に、ものの見事なホームランを効果的な場面で打たせてしまうし、予期しない結果を面白いように『演出』している。
しかし「落合」はその『神様』の『挑発』には相変わらず乗らずに、投手リレーも、
いつものようにネルソン→小林→河原→鈴木 と
特別に力の入っていない起用で試合を運び作っていくのだった。

淡々としたいつも通りの作戦、コメント、で周りを煙に巻き続ける「落合」こそが、
8年間の強い中日の象徴なのだと改めて思うのである。

『野球の神様』の『演出』と『挑発』は今日も続いて行くのだろう。
今夜あたりは、眠れる強打者「内川」のバットが「打出の小槌」の如く、
好打を連発させるのかもしれないな。
ホークスファンの絶叫がナゴヤドームに響き渡る試合になるのかもしれない。
そして試合後、
『落合博満』はいつものコメントをコピーするかのように
「足は動いているから大丈夫だけど、
ゲームセットまでは気を抜かないようにしないといかんな」
と語るのだろうか?

監督の発する些細なニュアンスにも、
選手達は敏感に反応することを一番知っている監督こそが、我が『落合博満』なのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«予期しなかった期待外れが起こった”福岡の変”に
徒然想うよしなしごと