« 2009年9月 | トップページ | 2009年11月 »

2009年10月28日 (水)

僕の物言い

前回の記事「落合の物言い」に嬉しいコメントを頂きました。

今回はその「アンサーソング♪」。

ドラゴンズの選手達が、最終的に全員がWBC を辞退をすることに至ったのは、前回も書きましたが、積極的に協力した北京五輪の時のトラウマがチーム内にあって、簡単には払拭できない位の傷跡になっていたのだと思います。
岩瀬、森野、荒木、川上(メジャー)の4人の心の傷は相当なものだったと想像出来まう。
日の丸を背負う重圧とその結果から招く責任に対するバッシングはメダルを逃した後の日本プロ野球界の混乱した状況を思い出して貰えば一目瞭然です。

あの後、宮本、上原の2人はリーダーとしての責任の重圧から、「今後の代表は卒業します。」と語り、体よく早々に、以降の代表辞退宣言をしました。
自分自身の野球人生を優先することを選んだのです。
この時世間は「非国民!」のようなバッシングをしましたか?

代表を望むのも、辞するのも自由なのです。
代表に選ばれることに誇りを抱き、自分の力を世界で試したい選手や、責任に過重のプレッシャーを感じない選手が日本代表として戦ってくれることが肝要なことだと思います。

ボロボロになってチームに帰ってきた先輩選手を見ながら残りのシーズンを送った、代表候補選手の浅尾や高橋が、とてもこんな重圧を今の自分達が背負うことはまだできないと考えたのは十分予想できることだと思います。かなりの人数の余剰を候補選手に挙げて、合宿後にセレクトする方法を選んだ、原監督始めスタッフは、最終的に落選させた松中、和田、岸らを一体どのようにメンタルケアしたのでしょうか?

「お国のためだから・・・」という理由から仕方ないというのならば、それ以前に各々勘案した上で、辞退する権利は、選手にも、おそらくはチームにもあるのだと思います。
名誉の(?)怪我をして4月を棒に振った村田、WBCの登板で肩を痛め前半戦治療のみに歳月を奪われた岩田、そしてほぼ一年間不調で働けずその契約にまで言及された松坂というように、おそらくは殆どの代表選手が、様々な影響から本来のシーズンを満足に送れなかったのではないでしょうか。

しかし、結果は「優勝・世界一」ということから、その全てを同情と美談でマスコミが終えようとしているように感じてならないのです。
本当に語られなければいけないことはもっと他にあって、基本的な代表選考のあり方とか、各チームいやそれ以上に選手達に対して様々なケアに於けるルール作りについてとかを、論ずるべきだと思うのです。

今後もこうした問題が今のままでは必ず起こりうると思います。「代表選手派遣ゼロの非国球団・中日ドラゴンズ」を非難する前に、マスコミは候補選手辞退が続いたのは何故かを考えるべきではないでしょうか?

このままでは、誰一人として「行きたい」選手がいなくなってしまうと思うのでは・・・・。
「優勝」も「結果」なら「辞退」も同じ「結果」なのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月26日 (月)

落合の物言い

僕の今年のプロ野球シーズンは終わった。
圧倒的な巨人の強さと、ホーム&アウェイに於けるジャイアンツファンの声援の数の多さがとにかく目立ったクライマックスセカンドステージだったように思う。そのアゲンストの風を跳ね返す勢いが我がドラゴンズにはなかったのだと思う。
「勝つか負けるかの戦い」と終始コメントし続けていた指揮官・落合にも、敵軍の勢力を跳ね返すまでの策を講ずることは出来なかったのだ。選手起用に於いても、投手交代に於いても、何か他に急場の策があったかのようにも見えたが、飽くまでも公式戦通りの作戦と選手起用を貫き通すことを選んだ。
それはそのまま自軍の選手を信頼している証しに他ならないのだと思う。

落合という男は、失敗をした選手に対しては決して怒らない監督である。失敗したことを失敗した選手自身がその責任と原因を痛いほど自覚し理解出来る教育を常にして来ているからだ。技術の及ばない選手はその足らない所を補い、さらにレベルアップする為には練習しかない事を常に教えて来ているに違いない。
「まだそれじゃダメだよ!」という落合のメッセージは、容赦なく二軍行きをその選手に命じる監督なのである。そして、二軍で再調整し練習して、はい上がって来た選手にはすぐにチャンスを与えて、その向上を確認するのだ。自分との戦いに勝った者だけがこの戦場で一年でも長く働ける事を一番知っている監督なのだと思う。
だから、練習で選手を鍛える厳しさは他のチームの追随を許さない監督なのだ。選手自身も自分を鍛え上げ自分をいじめぬき、他人との競争に勝つ技術を習得して、レギュラーを掴んで行こうとするのである。ドラゴンズのキャンプの練習量は強烈な量である事は、誰もが知っている周知の事実なのである。そうして築いたチームは、自信に溢れた物であるに違いない。だから選手を信頼し、その個々の選手の能力がピンチを脱する事を信じ切った采配を振っているのだ。

そして、「負けた」。

敗戦後指揮官は、「結果は負けたけどまだまだ伸びしろのある負け方だった。だからもう一度鍛え上げれば負けないチームが出来る」と語った。
敗軍の将は、今シーズン思いがけない「風」が一年中吹きっぱなしだったな、と語った。
それを「現実」と認めながらも、その「逆風」の意味を、「野球界」の在り方と共に何かを自問し、何かを訴えているかのように感じられたコメントでもあった。

結果的にドラゴンズ選手の「WBC不参加」に対しての、世間の思いがけないまでの「バッシング」の強さに、たじろぎながらその不本意さを抱いたままシーズンを戦う事を余儀なくされた、「チーム落合」は、「勝つこと」だけが、「チーム」「選手」を癒す「術」であったのかもしれない。
去年、「北京五輪」に一番沢山の選手をシーズン中にも拘わらず派遣したのは「ドラゴンズ」だった。「エース」「抑え」「三番バッター」「トップバッター」の四人の選手を送り込んだ。残ったチームが骨抜きになることを承知の上での事だった。それは他でもない、「JAPAN」の為に確実に「戦力」になる選手達だったからである。「WBC」はシーズンオフの時期だ。一年のシーズンを迎えるに当たっての準備の段階で参加不参加は選手本人の責任とその自信によって量られるものであり、自分が「戦力」になりうるかどうかを熟慮した結果、辞退したのがドラゴンズの選手達だったのだ。

なのに、「報道」の殆どは、こぞって「チームの方針」と報じた。
半ば「非国民」の如く。

その世論を形成したのは一体何だったんだろうか?プロ野球選手の責任とは一体何だろう?「選ばれる名誉」と「選ばない価値観」は同じ次元で語られるべき物ではないだろうか?軍事下での「召集礼状」でもあるまいに。
ごく自然に考えれば、辞退する選手がいれば、出られる選手の範囲も広がり、出たい選手のチャンスが広がる訳であると、そういう風に何故考えられないのかが不思議な事でもある。
現に参加した選手の中には、今シーズンを不本意な形で送ってしまった選手も、
レッドソックスの松坂を始め、ベイスターズ・村田、タイガース・藤川、岩田、オリックス・小松、マリナーズ・城島、カプス・福留、マリーンズ・渡辺、カープ・栗原、石原、ライオンズ・片岡、ソフトバンク・川崎、馬原、デビルレイズ・岩村、そしてダルビッシュと殆どである。
例年よりも早く始動したことにより、コンディションの調整に失敗して怪我をしたり、調子を崩したり、結局1年を全うできなくなってしまうのも選手そのものなのである。
選手の自己責任と球団は言うのだろうか?本来のプロ野球選手としての本分が全うできず、来季の年俸にも少なからず影響していく事も予測出来る所である。落合がいつも言う「選手は皆、自営業者であって誰も責任を取ってくれないから、自分を自分で守っていかなきゃいけない」「1年でも長く選手生命を続けて行く為にはどうすべきかを常に考えていかなきゃいけない」という物言いは本当に実感させられる部分でもある。

そういう意味でも「野球界」が向かっている方向を訝しがっている落合のコメントも十分に納得出来る事なのであるが・・・・・・。

来シーズンこそドラゴンズの復権を心から願ってやまない。

それにしても、今日のニッポンは朝から芸能人の薬物汚染裁判等々の話題一色であった。この絶望的経済不況に於いて、やっと新政権による国会が始まる記念すべき日だというのに我が国のマスコミは芸能スキャンダル>政治 となっているようで嘆かわしい。

それにしても少し度が過ぎる報道のアンバランスを感じてしまうのだけれど。

さて10月ももう最終週になってしまったなぁ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年10月23日 (金)

秋は釣瓶落とし

今週は「天秤座HomeParty in HAPPY BIRTHDAY」 に始まって、名古屋出張、クライマックス第二ステージと、何だかとても慌ただしく週末を迎えてしまった感が強い。

それにしても、この位の季節は時の流れがかなり速く感じられてならない。
秋の日は釣瓶落し、と謂われるが正にその通りなのだ。いつの間にか、軽装から一枚づつ纏う物が増えていって、いつしか街並にはコート姿の人々が増えて行くようになる。
クリスマスモードの街を過ぎて年末年始の空気が充満してくる。景気は悪いままでも、必ず新しい年が来て人々は必ず歳を取る。豊かさって一体何だろう?
「ぼろは着てても心は錦」という言葉もあるけど、
「夢」を見る事がまだ少しは出来た時代の話かもしれない。一向に埋まらない格差や、取り返しが出来ない貧困が、沢山の人々を襲い、哲学などとは程遠い生々しい現実が我がニッポンを凌駕している。政治は新たな局面を見せ始めてはいるが、つい昨日までの格差助長弱肉強食の悪政のツケはそんなにたやすく解消することは出来ない。
時は弛みなく流れている。人間の寿命も、動物植物あらゆる生物の命も、確実に自然に淘汰され終末を迎えて行くのだ。

今自分に出来る事は何だろうか?ということをいつも考えているのだが・・・・。

今日はいつの間にか秋深くなってしまった空気の中で、ふと考え込んでしまった自分がいたので、少しシビアな話になってしまった。

初戦で逆転サヨナラ満塁ホームランを打たれて、楽勝の試合を落としてしまった、かの東北楽天ゴールデンイーグルスの老将・野村は、「もう終わりだ!」などと今日からの試合を残して早くも白旗を揚げてしまっている。
老獪な三味線猿芝居かもしれないけれど・・・・・。

そして、中日・読売の「代理戦争」は、勝って、負けて、まだまだ決着がつくのにはもつれそうな様相だ。ここ数日はまだ目が離せない。

先日書いた「てっぺい」の「トリオ」の三人は、いつも以上に張り切ってくれていてとても嬉しいことである。
今日も元気で、つよしっちゃんがチャカチャカチャカと奏でた音に合わせて忍者走りのシクラメンさんとハンチャーミャンさんが張り切って走り回る姿が目に浮かぶようです。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2009年10月20日 (火)

「ねじめ」さんのコラム

昨夜、息詰まるクライマックス第1ステージ接戦の末、やっとやっとの想いでヤクルトスワローズに競り勝って、落合ドラゴンズのクライマックスシリーズ第2ステージ進出が決まった。明日からいよいよ宿敵原ジャイアンツと日本シリーズ進出をかけて争う事になった。

待ってろ!ハラタツノリッチ!って気分である。

この僕の気分とおそらく全く同じ気分で明日からの決戦をワクワクさせている人を僕は知っている。

その人の名は「詩人・ねじめ正一」さんだ。

愛読紙「東京中日スポーツ」で、毎週火曜日担当のコラム「セブンデイズ」を書いておられる人である。毎週綴られる「ねじめ」さんのコラムは、まさにドラゴンズ狂の僕と同じような夜を送られているようで、笑えて泣けて感動して「そうだ!」「いやそうじゃない甘いッ!」といった想いで読む事ができるコラムなのだ。
飾らずありのままに綴られるドラゴンズ戦中継観戦の様子などは、まさに僕と同じである。
しなきゃいけない仕事も手につかず、テレビリモコンを手にしなから、落ち着かないドラゴンズ狂の日常が手に取るように感じられてとても人間的なのである。

今朝のコラムでは、「勝たねばならぬ」オーラに満ち溢れていた昨夜のドラゴンズベンチが、「勝利」を必然的に掴むことができたのだと書いておられた。
僕は逆に「負けるわけいかぬ」オーラがドラゴンズ皆の顔にあったような気がしたのだが、「勝たねばならぬ」と「負けるわけいかぬ」とは、一体何処が違うのだろうと今考えているところだ。

実は、僕もちょうど6年前落合政権が出来た最初の年の2004年に「東京中日スポーツ」の本家「中日スポーツ」(東海地方版)紙上で、ドラゴンズ狂の七人の著名人の中に加えて貰って「セブンアイ」というコラムを週一で書かせて貰っていた事があったので、「東京中日スポーツ」での同様なコーナーには、特に注目しているわけである。
「東京中日スポーツ」の場合は、「中日スポーツ」に比べて、コラム自体、コラムニスト自体に、ドラゴンズ色はやや薄い傾向はあるが、名古屋の地元のコーナーは、もろドラゴンズ一色なのである。そういう意味では「東京中日スポーツ」での「ねじめ正一」さんは、ドラゴンズ狂の僕にとっては、最高の「コラム」ということになる。
際どい試合をした日や、酷い試合や逆に最高の試合をした日の後の、「ねじめコラム」が本当に楽しみで火曜日の朝の「東京中日スポーツ」が待ち遠しくなってしまう僕がいる。

さて、いよいよ明日から、最高シリーズである日本シリーズを目指した、宿敵原ジャイアンツとの戦いが始まる。
元々長嶋茂雄信者であった「ねじめ」さんは、ジャイアンツファンでもあったのだが、落合博満という、変人で職人気質の監督がドラゴンズに出現してからというもの、落合ドラゴンズの熱狂的な大信者になられたわけで、「落合博満変人の研究」(新潮社刊)なる書物まで出されているのだからそれはそれは凄いことなのだ。
だからして明日からのジャイアンツとの「頂上決戦」こそが、「ねじめ」さんにとっての一年の締め括りになるのではないだろうか。そして明日からの数日は「ねじめ正一」の仕事は、「野球観戦」一色になってしまうに違いない。
そしてこの僕は明日名古屋へ仕事の打ち合わせで出張することになっていて、上京するドラゴンズ軍団とは新幹線を逆に差し違える事になるのであるが、巨人-中日戦のビデオは帰ってから見られるようにしっかり仕掛けて出掛けようと思っているところだ。 いつの日かこんなに熱く人間的な「ねじめ」さんとお会いできることを心から願ってドラゴンズの勝利を共に祈っていようと、そう考えている2009秋の僕である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月16日 (金)

Trio The TEPPEI

「鉄平」はプロ野球パ・リーグの「首位打者」で、「てっぺい」はステーキ屋さんの「首位打者」なのです。

神泉という渋い町の渋い通りの一角に、ひっそりとしたたたずまいで存在している「ステーキハウス・てっぺい」。そこはまるで神泉のテキサスのようなのです。

店長のつよしっちゃん(本当はこうちゃんだけど)、フットワーク最高で空気が読める天才のシクラメンさん(本当はとおるさんだけど)、ハンバーグとチャーハン作りの名人のハンチャーミャンさん(本当はハンさんだけど)の”トリオ・ザ・てっぺい”なのです。

店長のつよしっちゃんは、いつもいつでも、左手にへら右手にナイフを持って、チャカチャカチャカチャカと心地よいリズムの音楽を奏でながら、肉を焼き、肉を切り続けているのです。まるでロックを弾くギタリストのようでもあります。
鉄板がアンプなら、へらがギターでナイフがピック。
いつもカッコイイ、つよしっちゃん、なのです。
音楽は「とんぼ」か「巡恋歌」かそれとも「蝉」か?
つよしっちゃんの体にはきっといつもそんな音楽が響いているに違いないのです。

空気読みの天才、シクラメンさんは、所狭しといつも甲斐がいしく飛び回っています。
でも足音は聞こえないのでまるで忍者のようです。
でも残念ながら伊賀とか甲賀の出身じゃないらしいです。残念ッ!
新潟の五泉市がお母さんの故郷らしいので、これからは「五線紙(ごせんし)の上を駆け巡るオタマジャクシさん」と呼ぶことにしようかと思っています。(笑)
それにしてもよく動き、よく気が効く空気読みの天才なのですよ。

そして、ハンチャーミャンさんは、何を隠そうミャンマー出身なのです。
なのに彼はハンバーグとチャーハンが上手なのです。
お父さんがドイツ人でお母さんが中国人かもしれませんね?!(笑)
夢は故郷ミャンマーに戻って、食べ物屋さんをやることに違いありません。しかしこの留学生も本当によく動きよく働きます。シクラメンさんにしっかり弟子入りして忍者の心得をマスターしているのでしょう。

「てっぺい」の夜はこうしていつも愉しく慌ただしく過ぎて行くのです。
美味しいステーキと美味しい赤ワインに美味しい話を求めてついつい神泉のテキサスに夜な夜な足を向けてしまう僕は、もはや「てっぺい中毒患者」かもしれません(笑)。

神泉という町は少し大人びていて、なかなか渋いお店が軒並み並んでいます。
また今度別のお店の話を書くことにします。

そして「てっぺい」は、ステーキハウスの「首位打者」であることには違いありません。
「首位打者」おめでとう!

余談ですが、店長は長淵剛の大大大ファンだから「つよしっちゃん」で、シクラメンさんは本名が「小椋さん」だから、「シクラメンさん」で、ハンチャーミャンさんは、僕がいつもミャンマー人のハンさんに、半チャーハンを無理矢理お願いして注文するので「ハンチャーミャンさん」なのです。

Teppei

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2009年10月15日 (木)

みちのく野村の乱 後編

東北楽天ゴールデンイーグルスを巡る一連の騒動は、いろいろと根深い問題を抱えてしまっているようだ。
球団、野村監督、選手、ファンの間にそれぞれ温度差があるようで、一概に元凶が何処にあると言い切れないようだ。ただ一つ言える事は、ファンかやはりないがしろにされてしまっているということだ。あの熱狂的な杜の都仙台の楽天ファンが選手のモチベーションを支え続けた事だけは間違いがないのだから。

さて、その楽天というチームには、不思議な縁といおうか元中日の選手がワンサカいるのだ。トレードで来た者から、解雇されて来た者まで、そしてコーチも入れると、延べ9人もいる。そしてそのうち4人が主力メンバーだ。
40を過ぎて狂い咲いた長距離バッター・山崎、今年度堂々のパ・リーグ首位打者・鉄平、セットアッパー投手の川岸と小山の4人だ。
怪我で今年は活躍できなかったが、昨年まではドラゴンズの主砲だった中村紀もいる。それにしてもドラゴンズでは日の目を見る事ができなかったり、若手の成長に伴って押し出されたりして中日ドラゴンズを離れた選手達が自分にあった水を見つけて気持ちよく泳いでいる様は、嬉しくもあり悔しくもありといった想いでもある。
中でも27歳、今まさに油がのりまくっている「鉄平」こと土谷鉄平は、落合監督の就任時、大いに期待をしていたのだが、当時のドラゴンズには福留(現在、大リーグカプス在籍)という大選手がいたりして、このまま中日にいたのでは出番が少なく、宝の持ち腐れになってしまうと考えて、当時選手層が極めて貧困だった楽天に金銭トレードで送り込んだ選手だったのだ。
もともと彼の野球センスには定評があって、高校は大分の津久見高校で「九州のイチロー」とまで言われていたくらいヒットを打つのが上手い選手だったが、こんなに早く開花して首位打者を取る所まで来たとはさすがに落合監督も思ってなかったかもしれない。野村監督いわく、「鉄平は野球小僧だ!こんなに野球が好きでこんなに練習をする選手は見たことない」と。まだ若く末頼もしい選手になって行きそうで本当に楽しみである。
中日と楽天がうまく勝ち進んで行って日本シリーズで対戦するような事があるとそれはそれはまた大いに楽しみでワクワクしてくるのである。鉄平頑張れ!

さて、明日はもうひとつの「てっぺい」について書こうと思っている。「鉄平」も「てっぺい」も、どちらも「首位打者」なのだけど…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月14日 (水)

みちのく野村の乱 前編

書きたいことが次から次へと湧いて来てああだこうだと思索しているうちについつい月日が経ってしまう。溜息をつく事の多い毎日なのだ。

プロ野球も公式戦日程が全て終わり、いよいよこの週末の16、17日から両リーグのクライマックスシリーズが始まる。
シーズンを終えてしまったチームは早くも来シーズンを見据えた新たなスタッフィングが始まっている。
来季は5チームの監督が今の所交替することが決まっている。そして広島、オリックスの2チームは早くも野村謙二郎、岡田彰布と新監督の起用を発表した。

今話題になっていて新聞紙上やスポーツニュースを賑わせているのが楽天イーグルスの老将、野村克也監督の去就に関しての話である。
球団創設5年目にして初めてのAクラス、そして2位、地元仙台で迎えることのできるクライマックスシリーズ、創設以来弱いチームをひたすら応援し続けて来た楽天ファンにとっては本当に感激のシーズンの締め括りを迎える事が出来たはずなのに、大事なクライマックスシリーズ直前の時期に契約切れによる野村監督解任の発表が告げられ怒り狂うノムさん、球団に抗議する仙台の楽天ファン、となかなか見ない前代未聞の状態になっているのだ。
IT球団故なのか、システマティックに人事を発表する球団の姿勢にはやはり首を傾げてしまう。せめて、クライマックスシリーズが終わるまでは触れてほしくないのがプロ野球ファンの願いに違いないのだろう。

しかしこのままの状態で16日には決戦の幕が上がる。

楽天の命運やいかに?                  つづく……

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月 7日 (水)

スポーツ新聞

パ・リーグもやっと昨日、日本ハムが2年ぶりにリーグ優勝を果たした。数日前には、チーム創設5年目にして、初のクライマックスシリーズ(CS)への進出を東北楽天ゴールデンイーグルスが決めている。
パ・リーグは昨年のCSの組み合わせとは違った三チームの激突になってなかなか興味深いシリーズになりそうだ。セ・リーグは三位のチームがまだ決まらず最後の最後まで阪神とヤクルトでもつれそうだ。

さて、今日はスポーツ新聞に於けるプロ野球担当の記者について書いてみようと思う。
スポーツ新聞には、各チームとそれぞれ資本の関係とかで系列紙となっている場合が多い。例えば巨人はスポーツ報知、阪神はデイリースポーツ、ヤクルトはサンケイスポーツ、横浜はスポーツニッポン、そしてわがドラゴンズは東京中日スポーツとなる。
中でも読売新聞を母体とする巨人と中日新聞を母体とする中日とは根本的なライバル関係にある同業他紙なのだ。だからその記事に於けるライバル意識は半端ではない。
そして両紙には、それぞれ各チーム担当の記者がいるわけだ。トーチュウ(東京中日スポーツのこと)にも巨人担当の実に肩身の狭い(笑)記者がいるわけだが、このトーチュウを愛読している読者の殆どがドラゴンズファンなのだから尚更である。
今シーズンも巨人がリーグ優勝したので、その優勝報道の日だけは大手を振って記事を書いているのがありありで、それが見え見えの感じで面白いのだが、負けた我々ドラゴンズファンには相当頭に来る記事でもあるわけだ。
その記者の名前は井上洋一というんだけれど、この人の記事がまた頭に来る事が多いのだ。
「変人」で記者連中に無愛想で不人気の我が落合監督に当て付けで、巨人の原監督の記者への温かい思いやりのあるエピソードなんかを書いたりする事も多く、わざとらしくてハラガタツ!ハラタツノリだから仕方ないかァ!
今朝の巨人担当井上記者の記事は、ゴンザレスという巨人の投手(今年大活躍した外人投手である)が怒っているという記事だった。何でも最多勝のタイトルを争っている中日のエース吉見一起投手が先日のゲームでリリーフで簡単に16勝を挙げた事がフェアじゃないって言っているらしい。タイトルを取らせる為にチームが、いや落合監督が策を企てたのが気に入らないとか。自分だったらそんな段取りを用意してもらっても男らしく断るのに吉見はなんて卑怯な野郎だとか言ってるらしいと書いてあった。
この位の時期になってシーズンの順位などが決まってしまった後はタイトル争いに際し、何処のチームにもよくあることだけど、落合監督は監督の中でも我関せずの人で有名(何しろこの監督は2年前の日本シリーズで完全試合目前の山井投手を記録は関係ないとばかりに抑え投手の岩瀬に代えてしまった人なのですよ)で、今回の配慮は実に人間味のある珍しい作戦だったと思ったわけで、それに対して吠えている異国のゴンザレスなる投手の記事を書く井上記者の頭を改めて疑ってしまったわけである。
彼がこの、ドラゴンズ御用達かわら版にこの『卑怯だ!吉見!』的メッセージを記事として載せた本意を聞いてみたくなったのは僕だけでもあるまいに。はからずもトーチュウの一記者としてはいかがなものかと思うのである。
何でも別の新聞によると、このゴンザレスがここまで言うのには深い深い訳があって、自分の今年の給料は実に安いけど、タイトル料などのインセンティブ契約があるらしく、取ると取らないとでは報酬が雲泥の差になり、それだからこそこの吉見の勝ち方がとにかく気に入らなかったのだ。
「なんだ!金かァ!」って感じで情けない話でもある。正々堂々やフェアプレー精神もあったもんじゃないよね。井上記者もそこまで書けって感じだよ。取材してんだろう?
トーチュウに於ける敵チーム担当記者が普段いかに卑屈な日々を送らされているのかを垣間見たようで実に悲哀すら感じた今朝の新聞記事の話でありました。トホホ・・・・・。

Sports

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月 2日 (金)

愛され、惜しまれた 背番号「3」

10月になった。

1月を起点に据えれば、今年もあと3ヶ月、1年の終盤戦になるし、4月を起点に据えた、年度という考え方に乗っ取れば、折り返し地点に値する。

そして、衣替え。いずれにしても節目になる日であるわけだ。

昨日また一人の球界を代表し、Mr.ドラゴンズとして22年間活躍をして来た、ぼくらのヒーロー、立浪和義が、プロ野球選手人生の幕を閉じた。
球団のみならず広い人脈に渡っての大々的な感動引退セレモニーが行われた。いずれ我がドラゴンズの次期監督としての活躍が期待される立浪だが、周囲の関係者や仲間達から語られる彼の人物像はとても素晴らしいエピソードに包まれている。
野球人としてはあくまでもエリートそのもののようであるが、並々ならぬ努力や気配りの繰り返しによって、今の押しも押されぬ地位を勝ち得た話のひとつひとつには頭が下がるし、感心させられるばかりである。
輝かしい実績とは掛け離れた、後半三年半の代打人生は指導者としての立浪和義を大きく強く支えて行くに違いないと思っている。
エリートとしてだけで終わらなかった彼を、エリートの時以上に支えていたのが、代打立浪のコールと共に起こってくる、地鳴りのような声援だったと彼は語っている。
その瞬間に彼を包む、その責任と喜びを常に鳥肌を覚えながら毎打席感じていたと立浪は言う。
研ぎ澄まされたその瞬間を、3年半生きて来た晩年が彼に何物にも屈しない靭い精神力を与えたに違いないと思う。いつの日か必ずや訪れるであろう、「中日ドラゴンズ監督・立浪和義」誕生の日を僕たちは待ち続けよう。

この秋、これからも訪れるであろういくつかの別れは、新たな始まりと受け止めて行こうと思っている。
そして残された今年の3ヶ月が益々充実することを信じて頑張って行こうと思っている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年9月 | トップページ | 2009年11月 »