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2009年11月18日 (水)

工藤と原

工藤公康・46歳
プロ29年目のシーズンを古巣西武ライオンズで迎えることが決まった。
とにかくすごいことである。通算224勝の大投手が、戦力外通告を受け、あらゆる球団からのオファーを待ち続けた結果、かつての僚友・渡辺久信監督が率いる西武が声を掛けたのだ。
工藤は「自分から絶対やめると言わない」を自分自身の頑なモットーとして生きてきたと言う。
その訳は、かつてダイエー時代弟分のように可愛がっていた、藤井将雄投手が31歳の若さで志半ばにして肺ガンで亡くなってしまったのを、自分の投手人生に重ねて、投げたくても投げられなかった弟分の分まで、投げられる限りは投げ続けていかなきゃいけないと自分に科して生きているのだからだと言う。
自分で自分の幕引きの出来る数少ない一人だというのに、ボロボロになっても声が掛かって投げられる場所があれば投げるんだという工藤に見た、男魂、人間魂に心から拍手を送りたい。ガンバレ工藤!

昨日はまたまたWBCに因んだイベントがあった。

連覇を祝う、侍ジャパン表彰式だそうだ。

連覇の立役者イチローと松坂は欠席、藤川、福留も欠席だった。主役のスケジュールを打診しないで決めたでもあるまいに飛車角抜きのイベントを開催した主催者の見識を疑う所である。イチローと松坂抜きにはこの連覇は語れないだろうが・・・・。
それともこのようなイベントには二人とも元々出る意志が最初からなかったのだろうか。そうとしか思えないスケジューリングだ。ソフトバンクの秋山監督も、今はどのチームも秋季キャンプの時期で一年の締め括りをやっている時に何故こうした公式の催し事をやるのか解らないと言っていた。もっと後の完全にオフの時期にやるべきだと。誰の都合だ?一体。訳分かんないよ全く。もっとオフにやっておそらくイチローや松坂が出やすい時期に欠席でもされたら面子も何もあったものじゃないという理由から、こんな中途半端な時期にドサクサ紛れにやっちまえってことなのかもしれないな。
そんな感じが拭えない、夕べの寒い雨の野外イベントだったと思う。しかも平日の夜だぞ(笑)。

まあ原監督が日本一にもなったし、アジアシリーズも今年は何故か韓国とだけやったのだが、勝ったし、この大会もドサクサだったけど、原が主役でお茶を濁そうとNPBが考えたに違いない。
ああ、ホントに聞きたくないよ、言葉を知らない男の挨拶とかコメント。
しゃべる前から記者もファンも予想がつくことしか言えない迷将の熱い言葉、
ホントもう勘弁してほしいのですよ。ファンはそんなに馬鹿じゃないぞ。
伝説とか歴史とか名前を残したとか自分が言うなって感じだな。笑いが止まらないから誰か助けて欲しいって感じである。もうこれで今年は終わりだよね、あの人の陳腐なスピーチ。
男は黙って勝負しろよ。
侍ジャパンのメンバーが皆野球少年のようだったと何かに書いてあったかのような言葉でチームをまとめて欲しくないと思ったのは僕一人じゃないはずだ。
巨人軍は永遠に不滅です!と言って現役を去った長嶋茂雄の天真爛漫な仰々しさとは質がまるで違うのは何故だろうか?同じ仰々しさを感じるには感じるのだが・・・・・・・。
やっぱり、来季はこの男にしゃべらせないためにも、我が中日もしくは他の四球団に頑張ってもらうしかないな、って改めて思った秋の夜長であった。

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2009年11月13日 (金)

「ことば」の「重さ」

少し間が空きすぎてしまった。

というのも、ここ二週間のうちに、あまりにも沢山の事件や出来事があって、
その都度何か「書こう!」と思っているうちに、次から次へと立て続けに
事件や何やら起きて、とても考えを整理する暇がない位に、毎日が
盛り沢山の日々だったように思う。

連続して起きた二つの残忍な女子大生殺人事件、不可解な多くの死をめぐる
女詐欺事件二つ、二年八ヶ月の逃亡の果てに逮捕された男の話・・・・・。
鳩山新政権に降りかかる沢山の難題とその新閣僚達のいくつもの戦いの報道に
我々国民の期待と不安が入り混じったここ数日、そして夕べは、天皇陛下の即位20年の式典があり、今日は米大統領オバマの初来日、そして佳境に入った「行政刷新会議の事業仕分け作業・無駄洗い出し攻防戦」における虚虚実実の駆け引きが繰り広げられている。

プロ野球も、七年ぶりの「巨人日本一」で全ての日程を終了し、今やストーブリーグ真っ只中、監督やコーチや選手の異動・トレードから、FA選手の動向をにらみながらの
去る人来る人の人間模様がありつつ、年間表彰の発表も多々あって、実に気ぜわしい
季節なのだ。あ、そういえば、海の向こうメジャーのワールドシリーズでは、ヤンキースの優勝そして、松井秀喜が日本人初のM.・V・Pを取ったという大変嬉しい出来事もあった。

芸能界では、名優森繁久弥さんが老衰でこの世を去った。96歳だった。合掌!

とにかく、いろんなことがこの11月第一週二週に集中して立て続けに起こったのだ。
あらゆることに、コメントをしたくて、でもできなくて、唇を噛んでいるうちにまた次の出来事が起こって、本当にそんな感じの同じような毎日を悶々とした気分で生きていたように思う。

人の口から発される「ことば」、活字になって発表される「ことば」、
その一つ一つの「重さ」を
この頃はつくづく感じてしまう。
しかし今という時代では、「命」の「軽さ」や「ことば」の「軽さ」が闊歩している。

なぜだろう?

「死ぬ」前に「殺す」前に、「書く」前に「話す」前に、もう一度立ち止まって、自重して、
冷静になって、自分を客観視して、「考える」という事をしたら・・・・・どうだろう?
「命」は少しだけ「重く」なって、「ことば」も少しだけ「重く」なるだろうか?
「考える」「脳」を「行動する」「脳」が、今という時代は凌駕しているのだろうか?
「考える」「脳」=「左脳」 「行動する」「脳」=「右脳」
人間の体が「右傾化」しているのだろうか?

そんな馬鹿な!(笑)

「ことば」の「重さ」を思えば思うほど、書けなくなってしまうし話せなくなってしまう。
昨夜、即位20年を国民からお祝いされた天皇は、
「皆さんには寒くなかったでしょうか?」
と少し冷え込んだ野外会場の三万人の参加者に気遣いのある「重いことば」を自然に
ありのままに投げかけられた。
その陛下の「おもいやり」は我々にもしっかりと伝わってきた。

WBCで世界一、ペナントレースで日本一になった、巨人軍原辰徳監督は、昨夜の祝典に来賓で参加し、代表で天皇に祝辞を述べた。
「・・・・日の丸を背負って戦うにあたり、天皇皇后両陛下をはじめ、国民の皆様から頂戴した声援が大きな力となり、まさに日本力(にっぽんぢから)を結集して勝ち取った世界一だと思います。・・・・・・」と述べたのだが、あまりに肩に力の入った表現に「ことば」の「軽さ」「うすっぺらさ」を感じてしまった。
「日本力」って何だ?「日の丸を背負って戦うにあたり」の「あたり」って何だ?
もともとこの原という人は「軽さ」では人の追随を許さない位の人物だと思って来たけれど、とにかく夕べは笑いを通り越して哀しくなってしまった。
きっと彼の「脳」はかなりの「右傾化」をしてしまっているのだろう。
マスコミの記者たちも、「原語(はらご)」と呼んで意味不明な表現や言葉使いの可笑しさを評することも多いのだが、やはり彼の「ことば」の「軽さ」には、言葉すら出ない事が多いのだ。
名誉ある「正力賞」に輝いたのも今年はこの「原辰徳監督」なのだが、表彰式でVサインをやって新聞写真に納まっていたのを見て、本当に笑い転げてしまった。

「軽さ」ついでにもう一つ、
彼がよーく使う表現に「胸と胸を合わせて戦う」と「地に足をつけて戦う」
と「野球人として正々堂々と戦う」がある。
言わんとしている事は何となく分るが、どこの辞書を探しても「胸と胸を合わせる・・」という慣用句はないし、「地に足をつけない戦い」がどんな戦いなのかと聞いてみたいし、「正々堂々と戦う」事を「野球人として」改めて言わなければいけないのかと、思ってしまう。
言うならば、「相手とがっぷり組んで力を抜かずに精一杯最後まで諦めないでいい試合をする」という事を言いたいのだろう。
あまりに大げさにカッコつけた言い方をしようとするから、意味不明でうすっぺらい「ことば」になってしまうのだと思う。もっと素直に言えばいいのにといつも思うのだ。
どんな実績を残して行こうとも、やはりその「重さ」「威厳」「風格」のようなものが備わらない限り、「名将」とはおよそ呼ばれないだろう哀しさを秘めた「原辰徳」に「憐憫」の情すら抱いてしまうのは、最早余計なお世話なのだろうか?

とにかく、来季はドラゴンズが勝つだけだ。それしかない!!!

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2009年11月 2日 (月)

渋谷で一番温かい場所

渋谷の道玄坂を昇り切って、イルミネーションの光度がやや弱くなった辺り、通りの左側に一軒の串焼き屋さんがある。

店の名は「串茶屋」。

ナイスミドルな道産子の夫婦がやっている洒落た串焼き屋さんだ。
今年の夏前からは何とご長男が一緒に串焼きを焼き始めている。親子で炭火の前に立ち、お店では嬉しそうに動き回る女将さんが何とも幸せそうに見える光景が広がっている。
親子の焼く串焼きは肉も野菜も魚介類も何でも美味しいのだが、なかでもこの店の「レバー」は絶品なのだ。「白レバー」と「普通のレバー」があって、この「白レバー」が何しろ美味い!口の中で広がる香ばしさとまろやかさが「レバー」の概念を変えてしまう位だ。他にもズッキーニの肉詰め串やミニトマトのチーズ串が美味い。
これらの串焼きが熱い鉄板に乗って出て来るのがまた嬉しい。そして最初に出される山盛りのキャベツのサラダがお通しで何度もお代わりができる。これにすり下ろしたニンニクを付けて食べるだけでビールや焼酎のつまみとなりうるのがまた憎い。
ジャズが流れていて、一緒に飲んでいる連れの顔が素敵に見える位のちょうどいい明るさの照明が、この仲のいい夫婦の気の利いた演出なのだろう。

オープンして8年位だろうか、8年経った今でも殆ど毎日混んでいて、常連客も多い。飾らないさりげない感じの良さがお客に愛される理由なのだろう。

会社が去年の暮れに引っ越してから、少しだけ遠くなっちゃって、行く回数が減ってしまったけど、僕の大好きな神泉界隈のお勧めの一軒である。

ちなみにこの道産子の夫婦は親父さんが旭川で、女将さんが留萌らしい。北海道のオヘソの部分で冬は本当に寒い場所でもある。

だから、二人とも温かい人柄なのだろう。

いつも笑顔をありがとう、マスターと女将さん!

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