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2009年11月13日 (金)

「ことば」の「重さ」

少し間が空きすぎてしまった。

というのも、ここ二週間のうちに、あまりにも沢山の事件や出来事があって、
その都度何か「書こう!」と思っているうちに、次から次へと立て続けに
事件や何やら起きて、とても考えを整理する暇がない位に、毎日が
盛り沢山の日々だったように思う。

連続して起きた二つの残忍な女子大生殺人事件、不可解な多くの死をめぐる
女詐欺事件二つ、二年八ヶ月の逃亡の果てに逮捕された男の話・・・・・。
鳩山新政権に降りかかる沢山の難題とその新閣僚達のいくつもの戦いの報道に
我々国民の期待と不安が入り混じったここ数日、そして夕べは、天皇陛下の即位20年の式典があり、今日は米大統領オバマの初来日、そして佳境に入った「行政刷新会議の事業仕分け作業・無駄洗い出し攻防戦」における虚虚実実の駆け引きが繰り広げられている。

プロ野球も、七年ぶりの「巨人日本一」で全ての日程を終了し、今やストーブリーグ真っ只中、監督やコーチや選手の異動・トレードから、FA選手の動向をにらみながらの
去る人来る人の人間模様がありつつ、年間表彰の発表も多々あって、実に気ぜわしい
季節なのだ。あ、そういえば、海の向こうメジャーのワールドシリーズでは、ヤンキースの優勝そして、松井秀喜が日本人初のM.・V・Pを取ったという大変嬉しい出来事もあった。

芸能界では、名優森繁久弥さんが老衰でこの世を去った。96歳だった。合掌!

とにかく、いろんなことがこの11月第一週二週に集中して立て続けに起こったのだ。
あらゆることに、コメントをしたくて、でもできなくて、唇を噛んでいるうちにまた次の出来事が起こって、本当にそんな感じの同じような毎日を悶々とした気分で生きていたように思う。

人の口から発される「ことば」、活字になって発表される「ことば」、
その一つ一つの「重さ」を
この頃はつくづく感じてしまう。
しかし今という時代では、「命」の「軽さ」や「ことば」の「軽さ」が闊歩している。

なぜだろう?

「死ぬ」前に「殺す」前に、「書く」前に「話す」前に、もう一度立ち止まって、自重して、
冷静になって、自分を客観視して、「考える」という事をしたら・・・・・どうだろう?
「命」は少しだけ「重く」なって、「ことば」も少しだけ「重く」なるだろうか?
「考える」「脳」を「行動する」「脳」が、今という時代は凌駕しているのだろうか?
「考える」「脳」=「左脳」 「行動する」「脳」=「右脳」
人間の体が「右傾化」しているのだろうか?

そんな馬鹿な!(笑)

「ことば」の「重さ」を思えば思うほど、書けなくなってしまうし話せなくなってしまう。
昨夜、即位20年を国民からお祝いされた天皇は、
「皆さんには寒くなかったでしょうか?」
と少し冷え込んだ野外会場の三万人の参加者に気遣いのある「重いことば」を自然に
ありのままに投げかけられた。
その陛下の「おもいやり」は我々にもしっかりと伝わってきた。

WBCで世界一、ペナントレースで日本一になった、巨人軍原辰徳監督は、昨夜の祝典に来賓で参加し、代表で天皇に祝辞を述べた。
「・・・・日の丸を背負って戦うにあたり、天皇皇后両陛下をはじめ、国民の皆様から頂戴した声援が大きな力となり、まさに日本力(にっぽんぢから)を結集して勝ち取った世界一だと思います。・・・・・・」と述べたのだが、あまりに肩に力の入った表現に「ことば」の「軽さ」「うすっぺらさ」を感じてしまった。
「日本力」って何だ?「日の丸を背負って戦うにあたり」の「あたり」って何だ?
もともとこの原という人は「軽さ」では人の追随を許さない位の人物だと思って来たけれど、とにかく夕べは笑いを通り越して哀しくなってしまった。
きっと彼の「脳」はかなりの「右傾化」をしてしまっているのだろう。
マスコミの記者たちも、「原語(はらご)」と呼んで意味不明な表現や言葉使いの可笑しさを評することも多いのだが、やはり彼の「ことば」の「軽さ」には、言葉すら出ない事が多いのだ。
名誉ある「正力賞」に輝いたのも今年はこの「原辰徳監督」なのだが、表彰式でVサインをやって新聞写真に納まっていたのを見て、本当に笑い転げてしまった。

「軽さ」ついでにもう一つ、
彼がよーく使う表現に「胸と胸を合わせて戦う」と「地に足をつけて戦う」
と「野球人として正々堂々と戦う」がある。
言わんとしている事は何となく分るが、どこの辞書を探しても「胸と胸を合わせる・・」という慣用句はないし、「地に足をつけない戦い」がどんな戦いなのかと聞いてみたいし、「正々堂々と戦う」事を「野球人として」改めて言わなければいけないのかと、思ってしまう。
言うならば、「相手とがっぷり組んで力を抜かずに精一杯最後まで諦めないでいい試合をする」という事を言いたいのだろう。
あまりに大げさにカッコつけた言い方をしようとするから、意味不明でうすっぺらい「ことば」になってしまうのだと思う。もっと素直に言えばいいのにといつも思うのだ。
どんな実績を残して行こうとも、やはりその「重さ」「威厳」「風格」のようなものが備わらない限り、「名将」とはおよそ呼ばれないだろう哀しさを秘めた「原辰徳」に「憐憫」の情すら抱いてしまうのは、最早余計なお世話なのだろうか?

とにかく、来季はドラゴンズが勝つだけだ。それしかない!!!

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