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2009年12月29日 (火)

喪の仕事

今年の年末はとても哀しい出来事が重なってしまって、色々と考える事の多い年の瀬になった。その中にも新しい年への微かな希望の光は確かに見る事はできたが、やはり友達や知人の死や病気はとても胸を苦しくさせられた。

今日は我が社で開く恒例の名物忘年会だ。

この忘年会には必ず顔を出してくれて、最後の最後まで、結局は朝まで飲んで騒いで語って、老若男女に渡る参加者の皆と会を大いに盛り上げてくれる筈の男は、もうこの世にいない。

彼は僕の大学時代の親友で、この我がシーオーグメントのHPを今年の夏にリニューアルしてくれた会社の社長だった。
お陰でこのblogもコンスタントに継続出来ているのだけれど、実際に作ってくれた彼の大事な女性スタッフは10月末に、彼自身は12月20日にこの世を去ってしまった。

二人とも偶然だったが、鉄道事故だった。

志半ばで逝ってしまった二人の魂が、このHPに宿っていると思うと、これからもずっとこのHPを大事な発信ツールとして育てて行く事が彼等への僕たちの一番の供養なのだと思うのである。

皆に愛された男のいない忘年会で、参加する皆の会話に彼の話題が持ち切りになるに違いない。

逝ってしまった人への供養は、その人間の事を忘れない事だと思う。

それが残された者たちの、大切な喪の仕事だと思っている。

彼の告別式では、弔辞と彼の好きだったチェロの曲を作って送ってあげられた。

この残念な知らせを知った沢山の仲間たちは、皆異口同音に、
「今夜必ず彼も来るさ」って言ってくれている。

今年最後の大イベントは、粛粛と、だか華やかに、そして賑やかに、この大変だった一年の締め括りの儀式として繰り広げられるに違いない。

今から準備だ。もう煮豚が出来上がりそうだ。  合掌

Bounenkai2009_2_2

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2009年12月17日 (木)

小沢一郎と落合博満

いつか書こうと思っていたテーマに思い切って触れてみることにする。

鳩山新政権が始まって三ヶ月、様々な懸案が棚上げされたまま日々が過ぎている。
メジャーなマスコミ、新聞や地上波のTVなどは、それみたことかと一斉に三党連立政権を叩き始めている。それに伴って支持率も下降のカーブを始めた。

小沢一郎は、積年の夢「政権交代」を「御旗」に掲げ、かの夏の戦いで国民の暑き想いを我が手に勝ち取った政権を簡単に手放す訳にはいかないのだ。

そして遂に動き始めたのだ。

小沢を怖がる人は多い。小沢を嫌う人は多い。小沢を煙たがる人は多い。
そして小沢を腹黒いと思っている人も多いのである。でもそれは何故だろうか?

そして、この命題をそのまま落合博満に置き換えてみると、落合を怖がる人は多いし、嫌う人も多いし、煙たがる人も多い。そして落合を腹黒いと思っている人も多いかもしれない。
ということから、この二人には沢山の共通点があるように思える。
しかし、やっぱり何故だろうという疑問にぶつかってしまう。

僕自身はといえば、この二人とも、大好きではないが決して嫌いではない。
大いに興味に溢れていていつもいつもその一投手一投足が気になる人物であるのだ。

二人の共通点を具体的に書き並べてみよう。

・小沢は岩手、落合は秋田、二人とも東北人である。
・口下手で寡黙。
・マスコミが嫌い。
・無愛想で必要以上のサービスをしない。
・誤解を受けやすいが言い訳や弁解はしない。
・間違っていると思うことや理不尽な事が嫌いで、その時だけは誰よりもむきになって引かない。
・一旦信頼した腹心の部下はトコトン信じる。小沢には輿石、落合には森という腹心の参謀がいる。
・自分を一度たりとも裏切った人間とは金輪際、腹を割る事はない。異常なまでに頑固である。
・戦略は、政治と野球は違えど、奇をてらわず極めてオーソドックスで王道探究派である。戦術は常に三手四手先を読んだ戦術を取る。
・外部からは二人が何を考えているか、かなり解りにくい。
・動揺を顔に出さず、いつも同じ顔を見せて心を読ませない。
・若手に厳しく、若手に優しく、若手を鍛えるのが大好きである。
・自分を頼って来る者には労を惜しまず面倒見がいい。
・小沢も落合もとにかく自分の仕事を天職と考え、小沢は政治馬鹿、落合は野球馬鹿であり、根っからの職人である。
・二人には人生を仰ぐ師がいる。小沢には田中角栄、落合には稲尾和久。

このように、考え、書き始めると、本当に二人には面白い位に共通点があることに気付きますます興味深くなってくる。
その小沢一郎や落合博満が動き始めるや否や、周りは必要以上に警戒心を高める。
不思議な現象でもあるが、それだけその世界での影響力が強いという事なのだろう。

これからも、政界は小沢一郎が、野球界は落合博満が、飽くまでもキーパーソンであり続けて行くのだろうか。

それにしても、よく似た、二人の嫌われ者が、今年も来年も、動く動く動いて行くのだ。

当分目が離せない。

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2009年12月16日 (水)

伝説

昔、山口百恵という歌い手がいた。

でも今はどこにもいない。

70年代、山口百恵は時代をまるで生き急いでいるかの如く駆け巡っていた。歌に映画にテレビに舞台、あらゆるメディアのトップランナーだった。

私を見せない歌手・山口百恵だけがそこにいた。

虚像を虚像とした信念と根性が山口百恵にはあった。本物だった。本物のスターだったのだ。

1973~1980の7年半を走り続けたランナー・山口百恵は1980年晩秋、
「わがままな生き方を選んだ私を赦してくれてありがとう、幸せになります」
とファンに言葉を残してマイクを置いた。

この時初めて山口百恵は実像の山口百恵をファンに見せ、自らが三浦友和と結婚引退することを発表したのだった。

短くも華やかな歌手人生をスターとして駆け抜けた山口百恵はその後一度もその素顔をメディアに晒す事はなかった。

虚像であったスター・山口百恵は、過去になり記録になり記憶となったのだ。

虚像・山口百恵は死んだのだ。

そしてとてつもない不世出の伝説になったのだ。

伝説は創られたのだ、創ったのではなく創られたのだ。語り継がれていく事、語り継がれていく、そこに、伝説が創られ残って行くのだ。

今日一つのDVD-BOXが発売される。
「ザ・ベストテン 山口百恵 完全保存版」 らしい。当時の化け物的視聴率を放っていた歌番組「ザ・ベストテン」の初出演から最後の出演までの全記録DVD5枚組だそうだ。
宣伝になってしまったが、これはとにかく貴重で価値のある物のように思えてならない。

一つの凄い伝説が創られて来た過程をこの際この目で確かめて見たくなったのだ。

そういえば二、三日前、テレビで『さんま・SMAPの都市伝説』という番組をやっていた。

伝説は時には人々の口コミや噂によって創られて行く物なのかもしれない。

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2009年12月14日 (月)

12月14日夜、討ち入り、赤穂浪士が教えてくれること…

元禄十五年十二月十四日は赤穂浪士四十七士の討ち入りがあった日だった。

今から三百数年前の話である。

主君浅野内匠頭の無念を晴らす為に赤穂藩の武士が結集して吉良上野介に仇討ちをしたという事件だ。仇討ちがまだ美談として語られた頃の話である。
仇討ちを遂げた武士達の一部を除いた全ての武士は、日時をずらして切腹をし、その仇討ちの終焉を遂げたのだった。

この季節になると、メディアの何処かで必ずこの赤穂浪士に因んだ映画や舞台などが行われている。日本人のように義の道を大事にする民族には考えたり感じたりするのに格好の歴史的事件だったといえよう。

仇討ちなるものは決して赦されない時代ではあるが、親しい人の無念や自分自身の無念を晴らす為に様々なリベンジを企てる事も少なくないのではないだろうか?
相手を見返す、相手をアッと言わせる、相手を唸らせる、というのも一つのリベンジであり、復讐すなわち敵討ちなのであろう。
ましては親しい人が例えば死に至らされた場合(勿論これは犯罪であるから法が裁くのだが)その家族や死に至らされた側の人々が法廷で争ってできるだけ重い求刑を勝ち取ろうとするのが世の常である。

怨み憎しみといった人間にはつきものの感情は理性で解決する事がとても困難なものである。テロリストの犯罪に対して報復するアメリカのアラブ諸国への軍事行為もその一つであるが、結局はそのターゲットがはっきりと一つに絞られていない為に、その報復の終焉を迎える事がとても困難で多くの時を要すうちに、双方の報復の連鎖から抜けられなくなってしまうのだ。

赤穂浪士のように、ターゲットは吉良上野介一人、綿密で周到な計画とその確実なる実行、そしてその完成によって、本意を遂げ、その後に、赦されない仇討ちという報復の為の行動の責任を全員自害という顛末で、この浅野家吉良家両家の憎しみや怨みの連鎖を未来永劫に絶った事が後世に語り継がれて歴史的な美談として存在し得たのだと思うのだ。

シェークスピアの作品だが、「ロミオとジュリエット」でもモンタギュー家とキャピュレット家の永きに渡る争いが、ロミオとジュリエットという赦されない家柄の恋人同士の二人の死によってその確執がやがて解けて行くことになったのだった。
憎しみの連鎖を防ぐ為にはどうすべきかを考える。それは先人達の貴重な教訓の中から学ぶべき点が沢山隠されているような気がする。

年末、師走、討ち入りのこの季節に、今世界が困窮し消耗し人類の不幸の陥穽に陥っている現実に想いを馳せてしまった。

今年もまた、世界中から戦争のない日が一日でも早く来る事を、
世界中の子供達の笑顔を想像しながら願う、クリスマス間近の夜である。

Turee

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2009年12月10日 (木)

僕が考える「今年の漢字、一文字」

今週末に年末恒例の清水寺住職による今年の一文字が発表される。

毎年なかなか上手く一年が表現されているなあと思うのだが、果たして今年は何という文字で表されるだろうか?

そこで今年一年を振り返りながら、僕自身もちょっと考えてみることにした。

今年も沢山の著名人が逝った。
ロックシンガー忌野清四郎さん、作曲家三木たかしさん、女優大原麗子さん、
元フォーリーブス青山孝さん、プロレスラー三沢光晴さん、
プロ野球界からは山内一弘、土井正三、三村敏之の三人の往年の名選手(敬称略)たち、
大俳優森繁久弥さん、そして何といっても世界的大スターMichael Jacksonさんなど、今年はとにかく多くの巨星やら名星が消え、そして逝ってしまった(合掌)。 「逝」

また今年は覚醒剤、大麻、マリファナ、MDMA等の禁止薬物の使用や所持で逮捕された芸能人やスポーツ選手が多くいた。今まさに世間の衆目に晒されその虚偽発言が注目をあびている押尾学容疑者もその一人で一緒にMDMAを使用した相手の女性が死んでしまうという事件にもなった。
覚醒剤使用所持の罪で実刑を受けた、アイドルで女優の酒井法子には世間が驚かされた。
薬物汚染の芸能界の一端を垣間見させられた今年だった。 「染」

他にも、画期的なプラハ演説として世界中の評価を集めた、オバマ米大統領の「核廃絶演説」から 「絶」

日本で初めての制度が今年から始まり、国民の関心を大いに集めた「裁判員制度」から 「裁」

四年ぶりに行われた衆議院議員選挙は、国民に選挙という唯一の手段で政治を選択することができるという実感を体験させてくれたといえよう。半世紀以上続いた、自民党政権にビリオドを国民の投票で打つことが出来た年でもあったことから 「選」

そして、遂には今年「政権交代」が起こったのだ。スポーツ界でもゴルフで石川遼君が最年少賞金王を18歳で勝ち取った。野球でも、松坂世代から、ダルビッシュ、涌井秀章、田中将大らの平成前後の世代にスポットがシフトしている。ジャニーズにおいてもSMAPから嵐へ次第に中心が移り初めているように思える。そういう意味でも、今年は明確な世代交代の予感が起きた年だったともいえよう。そういうことから 「代」

さて、いろいろと僕自身考えてみたが、どうなるだろうか?
この中に挙げた文字が出て来たらそれはそれでとても嬉しいことではあるが、いずれにしても、今年も後二十日で終わってしまうのだ。(合掌)

Moji

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2009年12月 7日 (月)

「アンパンマン」と「コアンパンマン」

年末がランニングシューズを履いていよいよ走り出した感の強い昨今である。街並も新聞もテレビも日に日にその空気の濃さを増して行き、そして何よりも自分を初めとして人々が一年を省みて新たな年への迎年準備を始めようとしている。

多くの人が「来年こそは・・・・・」といった気持ちでいるのだろうが、逆に今年つきまくっていた人ややることなすことが当たって運そのものを使いまくってしまったような人は一体どんな気持ちで一年の終わりと新年の始まりを過ごすのだろうか?

人の一生の禍福はあざなえるが如しと謂われるように、結局は幸福と不幸、幸運と不運は半分半分であるに違いないと常々考えて生きて来た僕としては尚更、そんな事を考えてしまう。幸運に満ち溢れた一年を送った人から見れば全く余計な話だとは思うのであるけれど・・・。

先週の金曜日、年末恒例の一つのパーティーに参加してきた。
そのパーティーは、僕が長年作曲を担当させて貰っている、人気アニメーション「それいけアンパンマン!」のイベントで「アンパンマンアカデミー賞発表パーティー」である。
十年前に、原作者の漫画家・やなせたかし先生が、アニメーションの製作現場で、膨大で過酷な労働量とチープな報酬とのアンバランスの中でも夢いっばいに働く若者達を励まし讃える、裏方さん達の為に設けて始めたパーティーなのである。
普段は晴れがましい場所からは遠く、アニメーション現場で汗を流す人達が胸を張って眼を輝かせて集まり、自分達が手掛けた、年間50数本の作品の中から、やなせたかし賞や日本テレビ賞などの発表を心待ちにする宴なのである。
初めは先生の家の近くにある焼肉屋さんでこじんまりとした装いだったのだが、年々参加者も増え、中華大飯店、シティホテルの小宴会場等を経て、今年はついに、十周年も手伝って「グランドプリンスホテル赤坂・クリスタルパレス」での開催に至ってしまったのだ。
余りに大きなアンパンマンパーティーになってしまって、関係者は苦笑い、先生は大笑い、参加者は大喜びで、とても賑やかで温かい年の瀬のパーティーになったことは間違いないことだった。費用の殆どが、やなせ先生の自腹で催されるので、みんなみんな「先生!ありがとうございます」なのである。

そのやなせたかし先生も今年で91歳になる。81歳の年から始まったこの「アンパンマンアカデミー賞パーティー」も、後何回催されるのだろうか?ホテルのステージで歌って踊る(本当のコトです)91歳の先生に拍手を送りながら、何故か涙が止まらない夜になってしまったのだった。

そして僕は思う。

先生のとてつもない偉大さと先生の底抜けの温かさと、そして先生のほとばしるくらいの元気に、改めて、感謝感謝感謝なのだ。

先生から生まれた「アンパンマン」こそ、「やなせたかし」そのものなのだと・・・・・・・・・。

そして30年後には僕も、「コアンパンマン」ぐらいにはなっていたいと・・・。

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2009年12月 2日 (水)

来季に向けて落合監督が動き出した!

師走になってしまった。

街にはデフレが渦巻いている。厳しい年の瀬を迎えなくてはいけない人々も多いのだろうか。せめて昨年末のような年越派遣村のような事がないように願っているのだが。

昨日は今年の流行語大賞が発表された。
今年の一番の歴史的な事象が著された言葉「政権交代」が大賞に選ばれた。
他の受賞作にも世相が反映されてか、あまり明るい言葉は選ばれなかった。

プロ野球もストーブリーグ真っ只中で、あのチームは、大リーグを首になった元ロッテのリリーバーの小林雅英と日ハムからFAした藤井秀悟を獲得するようだ。これでもかこれでもかの補強にはもはや言葉も出て来なくなる。
その度にコメントする原ちゃんの言葉は相も変わらず大仰で笑わせてくれる。

さて我がドラゴンズの寡黙(笑)の知将落合は、先日ドラゴンズOB会総会で沈黙を破った。
自分は雪深い東北出身で口下手で、上手を言うことが出来ない。それに派手な事が嫌いで、世の中を上手く渡る事が苦手。カッコイイ事を言っておけば世渡りも上手く行くんだろうが、それは自分の主義主張に反することになる。これからは何を言われようと、自分の仕事は野球だけで、野球の事しか考えないと…。
泥臭いかっこ悪い野球ができて初めて上位に行けるんだ。選手一人一人がもう一度自己分析をして野球に取り組んでくれて、その選手達にどういう事をやるのがベストかを指導して行くのが自分の仕事であると。そして的確な指導が出来る指導者を育てて行くのもこれからのドラゴンズに必要な事であると。
来年からはもっと貝になるらしい。しかしその代わりに毎週火曜日に自分の野球観をコラムにして親会社の新聞に掲載して行く事を宣言したらしい。とても楽しみな事だ。
OB会長の高木守道氏が「昨今の野球界では色んな監督のパフォーマンスが流行っているが我がドラゴンズの監督は不気味に黙っている。でも落合監督にはパフォーマンスは似合わない。不気味が武器だと思って応援して行きます」と最大級の賛辞を送ったらしい。
元々落合監督はOB連中からは、何を考えているのか分からない所から評判はイマイチであったのだが、強いチームを作り続けて七年目を迎えるに当たってのこの高木氏の援護発言は相当な力になりそうだ。
落合の持論に、目立つのは監督じゃなくて選手でなくてはいけないという考えが根強くあって、まさに来季は選手達が大いに語り、大いに活躍して目立って行って欲しいものだ。

オレ流は来年も健在である。ますます楽しみになって来たぞ!

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