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2010年8月19日 (木)

キーワードは「ひたむきさ」と「感謝心」

◆18日=ナゴヤドーム
○中日 3-1 巨人●
スコア

天下分け目の三連戦の二つ目もドラゴンズが快勝した。

仕事でお膝元・愛知に来ていたが、結果は在京スタッフからの「雄叫びのメール」で知った。そして何とヒーローが先日の最下位の横浜戦で不様なピッチングでKOされ、先発を飛ばされてもおかしくない山井だった。
しかもノーヒットノーラン寸前の快投を演じたらしいから嬉しいを通り越して感激している

昨日の新聞紙上の予想先発欄にも、次の候補のネルソンが書かれてあったのにである。

山井にとっては、三年前の日本シリーズ優勝決定戦での完全試合直前降板で天下を大いに湧かせ、その後二年間肩肘の故障で登板すらできない苦しい時期を経て、やっと掴んだ今季の先発ローテーションだった。
野球生命と戦いながらのリハビリはさぞ辛い時間であったと思う。復活を待ち望んでくれていた、鬼将軍・落合と鬼参謀・森に報いるべくシーズンであったに違いない。
好投と乱投を繰り返しながらのシーズンであっても、潜在能力の高さを買われての信頼の起用なのだ。それを一番知っているのが山井本人である。そしてその人知れず「ひたむきさ」と「感謝心の強さ」を山井が持ち得ていることを、鬼将軍はよく知っているのだ。

快投おめでとう!

さてもう一人、夕べの勝利にはヒーローがいる。

野本だ。

一割台の打率で凡打の山を積み重ねているが、今季一度もファームに落とされることのなかった若手野手が野本だった。
自分の身長に満たない打率の野本を毎試合代打などで起用する落合の目を疑ったケースも数多くある今シーズンだ。だが、この男も「ひたむきさ」と、使って貰っても活躍出来ないがその起用に対しての「感謝心」は誰にも負けない男だったのだ。

そして夕べ野球の神様は初めてこの男・野本に微笑んだのだった。

二人の男のヒーローインタビューは「すみません」のファンへの懺悔から始まったらしい。
二人の「ひたむきさ」とファンへの「感謝心」が神様に笑顔を向けさせたそんな夜だったのだ。

今年のドラゴンズのキーワードはどうやら最後まで「ひたむき」と「感謝心」になりそうだ。
さて、今夜の三つ目の試合は果たして誰の「ひたむきさ」と「感謝心」に神様は微笑んでくれるのだろうか、楽しみでならない。

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2010年8月18日 (水)

ひたむきな姿を神様は見過ごさない!

◆17日=ナゴヤドーム
○中日 6-1 巨人●
スコア

記録的な酷暑が猛威を奮っている日本、連日熱中症での死者が絶えない。
こんな夏はかつて経験したことはなかった。

プロ野球も高校野球も佳境の域に入っている。
甲子園は今日からベスト8、春夏連覇を目指す沖縄興南、新潟県勢として史上初の二年連続決勝進出を目指す新潟明訓など、それぞれの想いで優勝を目指す八つの高校の熱戦が炎天下の下繰り広げられる。

ここに来て我がドラゴンズの大将もいよいよ鞭を手にし始めたようだ。
完全に上二つのチーム、阪神・巨人の尻尾をつかまえたような様相を見せてくれている。想えば去年はちょうどここから失速を始めたのだ。首位・巨人を2.5ゲーム差に捉えての地元名古屋での三連戦三連敗だった。

どっこい去年の徹は踏まないぞと、大将落合は、十日前に逆算の鞭を入れた。

天下分け目への大事な三連戦として位置付けた昨日からの対巨人戦の始まる十日前、入団後初めて、不振の大砲・ブランコの登録抹消、二軍落ちを決断した。それは、都合九試合をブランコ抜きで戦うことを決断したことになるのだ。炎天下のナゴヤ球場で走って走って鍛え直して来いと、無言の檄を昨年の二冠王の助っ人外人・ブランコに与えたのだ。
奇しくもその間、ブランコ抜きのドラゴンズは、小池、堂上剛の二人が五番バッターを務めて、その穴を埋めるべく必死な姿を見せてくれたのだ。

その間九試合を見事七勝二敗で乗り切った。

しかし落合は毎日、試合後のコメントで、野球はピッチャーと長い間レギュラーを張って来た奴らに尽きるんだと同じコメントを繰り返し繰り返し発し、頑張って来てくれた投手陣とベテラン野手達に、自分の戦う根底にある想いを送り続けたのだ。
それは、二軍でひたむきに初心を取り戻そうと走り続ける、ブランコにも届けとばかりに、そして代役で五番を任される若手には、おまえらはまだまだだぞ、奢ってはダメだぞのメッセージもちゃんと込めていたのだ。

予定通りに、必死さひたむきさを取り戻して、十日振りに一軍に戻って来たブランコは、昨日の復活第一戦で去年の初々しいブランコのひたむきな、走・攻・守をファンの前に見せてくれたのだ。

大将の逆算の鞭は見事功を奏して大事な三連戦の頭を取ることが出来たのだった。

「神様のおかげ」が口癖のブランコは、二軍での調整に際して、もう一度鍛え直して「神様と一緒に必ず一軍に戻って来るから」と言っていた。

ひたむきな姿のブランコを神様は決して見逃さなかった。
ブランコよ!これからもずっと忘れないでくれ!
ひたむきさと謙虚さこそが神様と共にあることを・・・・。

以前ここに書いたが、「堂上直の敗戦後のベンチでタオルを顔に覆って動けなかった姿」の話であるが、あの後若武者・堂上直はもっともっとよりがむしゃらに、よりひたむきに野球と取り組み続けている。結果も少しずつ出て来ているし、そのひたむきさ故に落合監督の信頼は異常に厚いと感じるのだ。

本当に神様は「ひたむきさ」にソッポを決して向かないと改めて思う。
自分事だが、僕自身も三十五年の作曲家人生に今一度「ひたむきさ」と「謙虚さ」を取り戻して行かなければと今思っている。
神様に見捨てられないために、もう一度初心に返ってやってみなきゃと自分を戒めた昨日のブランコの姿でもあった。

ブランコ、堂上直、落合監督、ありがとう!2010感謝の夏!

熱戦は今日も明日も続いて行く。
野球の神様に見捨てられないように、ひたむきなドラゴンズの戦いを期待している。

さて、僕も九月の舞台の為の稽古に、今日から愛知・知立の地に向かう。がんばるぞ!

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2010年8月12日 (木)

日本の夏、八月に秘められた意味

八月、日本人の誰もが、あの戦争、あの原爆を思い出す季節。
六日には広島で、九日は長崎で六十五年目の原爆の日を迎えた。

米国・オバマ大統領の今春プラハでの核廃絶演説が一つのきっかけになって、世界が一歩ずつだが核廃絶の方向に向かっての歩を確実に始めたといえる今年の、原爆慰霊祭には過去最高の世界各国からの要人の参加があった。

我々日本人は被爆の悲惨や苦しみ哀しみを、世界で唯一の被爆国の国民として、先頭に立って末代の世界中の人々に伝えて行く使命と責任があるのだと六十五年経った今年、改めて強く感じさせられた。

十五日は六十五回目の終戦記念日を迎える。

戦前生まれの戦争体験者の年齢が六十五歳を超えることになる。
各メディアでは、決して繰り返してはならないあの戦争の悲惨な歴史を風化させないために、あらゆる形で伝えてくれるが、見ていて読んでいて、涙が止まらない事もしばしばである。

その傷跡を留めたままの
『沖縄基地問題』
『日中・日韓間の未解決諸問題』
『北方領土に於ける対ロシア問題』
などなど。
人類の「エゴ」によって始まった戦争がもたらした多くの難問が放置されたままになっているのだ。

『平和』とは『幸福』とは、何度も何度も繰り返し考え合い語り合う必要が我々にはあるのだ。

今日八月十二日は、あの五百二十人の犠牲者を出した日航ジャンボ機墜落事故から二十五年になる日だ。
僕の知人も数人乗っていて、その犠牲に遭った。
事故の一時間半前にスタジオで手を振って別れた一人の仕事仲間もその飛行機に乗って大阪に向かっていた。
当時を思い出すと、あの日航機墜落事故は物凄い衝撃を日本中に与えた事件であったのを鮮明に覚えている。
毎年、墜落現場の御巣鷹の尾根を追悼登山する遺族や仲間の数も減らないどころか増えているといわれている。今年は二十五年という四半世紀が過ぎた年になるのだ。

奇しくもそのJALは、今や衰退の一途を辿ってはいるが、JALは自らがその尊い五百二十の生命の犠牲への責任を果たすべく空の安全確保の為に、あらゆる見地からの事故解明を今後も続けてほしいと心から願うばかりである。
二十五年経った今、遺族の方たちから発せられる一つ一つの言葉の重さが、かけがえない叫びと祈りとなって響いてくるようだ。  合掌

夏は、哀しみを深く秘めた季節である。
沢山の人々の涙や怒りや叫びに満ち溢れた日本。今を生きる我々は、その涙や怒りや叫びを真摯に、敬けんに受け止めなくてはいけないのだ。
数え切れない哀しみのマグマを、未来へのエネルギーに変えていかなくてはいけない務めと責任が我々にはあるのだ。

百歳越えの超高齢の多くの老人達の行方が分からなくなっているという信じられないニュースが日本中を駆け巡っている。会わなくなって十年二十年が経っていても探さない家族や親子兄弟が存在している信じられない現実。超高齢になったお年寄りの存在を直接確認することもなく年金等を支給し続ける行政の信じられない杜撰さ。

今、戦後六十五年が過ぎ、少子高齢化社会が激化、生き方も多様化、生活の格差も拡大、価値観も人生観も家族の形も様々になって、一概に論じる事も容易な事ではないが、あの人間性を破壊させる愚かな戦争という大きな犠牲が生み出したこの繁栄と平和な時代に生きる人間の一人として今、何をやらなければいけないのか、どんな義務があるのか、果たすべく責任は何か、

この哀しみを秘めた夏の日に、もう一度考えてみようと思っている。

ところで、昨夜は巨人も負けた!我がドラゴンズも最下位横浜に連敗!
ヤクルトの強さだけが目立っているセ・リーグの野球だが、
八月の暑さと熱さはまだまだこれからである。

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2010年8月 5日 (木)

今、中日が、日本が、アブナイ!

今、中日が、日本がアブナイ!

とタイトルを決めてこれを書き始めて、途中で寝てしまった昨夜だった。

今朝いつものようにトーチュウを読み始めた。
「昨夜の対ヤクルト戦連敗をどのように報じているだろうか?」と思いながら、一面の下の方を眺めたら
「武蔵川親方、胃がん」
のでかでかとした見出しの下に小さな記事が載っていた。
『竜自力V消滅危機』と・・・・・。
詳細は読んでないが、おそらく昨夜の対ヤクルト戦の敗戦の姿にいつもと違う「何か」を記者も感じたのだろう。だから敢えて下位チームのていたらくに対して、早々と記す「自力V消滅」の言葉に言及したくなってしまったのだろう。

敗戦の陰にある「何か」を考えてみよう。
オールスター戦前の五連続完封勝利の驚異的な日本記録を打ち立ててたまま、オールスター・ブレイクに入り、いきなりの首位戦線殴り込みの為の、対巨人、阪神六連戦に突入したドラゴンズは、巨人に対して二勝一敗で勝ち越し、巨人を首位の座から引きずり落とし、そして臨んだ「甲子園・夏の陣三連戦」、2‐3の一点差惜敗、5時間半の死闘の末の延長十二回5‐5の引き分け、そして先制して逆転され追いつけず逃げ切られて7‐8の惜敗。
しかも一試合六本塁打の離れ業があっての敗戦で、首位決戦六試合を終えたのだった

「盆と正月」を一度に迎えたようなチームが、今度は一気に「年の瀬」を迎えてしまったような、猛暑の夏に、一瞬の「光と影」をすべて写してしまった二週間を闘いそして臨んだこの対ヤクルト三連戦だったのだ。

そして初戦は2‐3の一点差惜敗、昨夜は2‐4で敗戦、
今季初の四連敗を喫してしまったのだった。
この事自体は長いシーズンよくある話でそんな繰り返しの末に勝ち取って行くのが優勝の栄誉であり、日本一の栄誉でもあるのだけれど、何故か『僕』も『記者』も『何か』大きな『危機』を感じてしまったのだろう。それは、『喪失感』とでもいおうか、『燃え尽き症侯群』のような状態にナインの皆が少なからず陥ってしまっているような空気を感じたといった方が正しいのかもしれない。だから『危機』を感じたのだった。
燃え尽きてもおかしくないような試合を終えて、阪神は勝って中日は負けた。
解説者は皆この『死闘』をシーズン終盤の闘いを見ているようだと異口同音に言っていた。ムチを入れるのはまだ少し早いのでは・・・とも。勝った阪神はアドレナリンを継続して出し続け相変わらずの死闘を巨人と繰り返しながら首位の座を奪い返した昨夜だった。

負けた中日は燃やし尽くしたようなアドレナリンで下位チーム・ヤクルトに対してもう一歩追いつけない試合をして二試合続けて連敗してしまった。

ただひとつ、言える事は、我が闘将「落合」はまだ一度も「ムチ」を入れていない事だ。
凄い記録を打ち立て巨人に勝ち越し首位がすぐ近くに見えてしまって、すぐにでも「優勝」に届くようなスポーツ新聞の論調に選手各々がそれぞれに「自分的ムチ」を入れさせられてしまったあげく『燃え尽き症侯群』に陥ってしまったのだろう。

「もうだめかも」
「もう燃える事ができないかも」
「もう勝てないかも」
の類の「もう・・かも」である。
いやいや、「まだまだこれから」なのだ。
「落合」は相変わらず「本当の野球はまだ今年は一度も出来てない」と語り続けている。
「うそぶいている」と感じる人も多いかもしれないが「有言実行」を常として生きてきた「闘将」の「勘」に狂いがなければ、本当の野球ができるその瞬間が必ず来る、その時が初めて「ムチ」をいれる「時」なのだろうと信じたい。その日まで選手は一刻も早く『燃え尽き症侯群』から脱却して平常時の闘いに戻ってほしいと願っている

「来る球を打つ」
「自信を持って球を投げる」
といった基本に戻って愉しんだ野球を見せてほしい。
今日のトーチュウを改めてゆっくり読みながら今夜のヤクルト第三戦を見る事にしようと思っている。

今日もまた、凄い猛暑日らしい。

「日本がアブナイ」話は今度またゆっくり書くつもりだ。

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