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2010年8月12日 (木)

日本の夏、八月に秘められた意味

八月、日本人の誰もが、あの戦争、あの原爆を思い出す季節。
六日には広島で、九日は長崎で六十五年目の原爆の日を迎えた。

米国・オバマ大統領の今春プラハでの核廃絶演説が一つのきっかけになって、世界が一歩ずつだが核廃絶の方向に向かっての歩を確実に始めたといえる今年の、原爆慰霊祭には過去最高の世界各国からの要人の参加があった。

我々日本人は被爆の悲惨や苦しみ哀しみを、世界で唯一の被爆国の国民として、先頭に立って末代の世界中の人々に伝えて行く使命と責任があるのだと六十五年経った今年、改めて強く感じさせられた。

十五日は六十五回目の終戦記念日を迎える。

戦前生まれの戦争体験者の年齢が六十五歳を超えることになる。
各メディアでは、決して繰り返してはならないあの戦争の悲惨な歴史を風化させないために、あらゆる形で伝えてくれるが、見ていて読んでいて、涙が止まらない事もしばしばである。

その傷跡を留めたままの
『沖縄基地問題』
『日中・日韓間の未解決諸問題』
『北方領土に於ける対ロシア問題』
などなど。
人類の「エゴ」によって始まった戦争がもたらした多くの難問が放置されたままになっているのだ。

『平和』とは『幸福』とは、何度も何度も繰り返し考え合い語り合う必要が我々にはあるのだ。

今日八月十二日は、あの五百二十人の犠牲者を出した日航ジャンボ機墜落事故から二十五年になる日だ。
僕の知人も数人乗っていて、その犠牲に遭った。
事故の一時間半前にスタジオで手を振って別れた一人の仕事仲間もその飛行機に乗って大阪に向かっていた。
当時を思い出すと、あの日航機墜落事故は物凄い衝撃を日本中に与えた事件であったのを鮮明に覚えている。
毎年、墜落現場の御巣鷹の尾根を追悼登山する遺族や仲間の数も減らないどころか増えているといわれている。今年は二十五年という四半世紀が過ぎた年になるのだ。

奇しくもそのJALは、今や衰退の一途を辿ってはいるが、JALは自らがその尊い五百二十の生命の犠牲への責任を果たすべく空の安全確保の為に、あらゆる見地からの事故解明を今後も続けてほしいと心から願うばかりである。
二十五年経った今、遺族の方たちから発せられる一つ一つの言葉の重さが、かけがえない叫びと祈りとなって響いてくるようだ。  合掌

夏は、哀しみを深く秘めた季節である。
沢山の人々の涙や怒りや叫びに満ち溢れた日本。今を生きる我々は、その涙や怒りや叫びを真摯に、敬けんに受け止めなくてはいけないのだ。
数え切れない哀しみのマグマを、未来へのエネルギーに変えていかなくてはいけない務めと責任が我々にはあるのだ。

百歳越えの超高齢の多くの老人達の行方が分からなくなっているという信じられないニュースが日本中を駆け巡っている。会わなくなって十年二十年が経っていても探さない家族や親子兄弟が存在している信じられない現実。超高齢になったお年寄りの存在を直接確認することもなく年金等を支給し続ける行政の信じられない杜撰さ。

今、戦後六十五年が過ぎ、少子高齢化社会が激化、生き方も多様化、生活の格差も拡大、価値観も人生観も家族の形も様々になって、一概に論じる事も容易な事ではないが、あの人間性を破壊させる愚かな戦争という大きな犠牲が生み出したこの繁栄と平和な時代に生きる人間の一人として今、何をやらなければいけないのか、どんな義務があるのか、果たすべく責任は何か、

この哀しみを秘めた夏の日に、もう一度考えてみようと思っている。

ところで、昨夜は巨人も負けた!我がドラゴンズも最下位横浜に連敗!
ヤクルトの強さだけが目立っているセ・リーグの野球だが、
八月の暑さと熱さはまだまだこれからである。

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