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2011年3月31日 (木)

『想像力』(1)
-『がんばろう!ニッポン!』こそ
『想像力』の賜物であるべき-

一昨日のサッカーのチャリティーマッチは素晴らしく感動的で
大きな活力となって被災地の人々に届いたに違いないと思う。

44歳のベテラン・カズこと三浦知良
カズのゴール、カズのダンス、カズのコメントは
どれも、被災地で闘う人々の復興への全国民の祈りの結集であったのだ。

この模様は世界百数十カ国で同時生中継され、
その放映権料の全ても義援金となるということだ。

「…世界中みんなで乗り越えて行きましょう!」
とコメントを締めたカズの気持ちは、被災地の人々に十分に届いたに違いない。
こうしたチャリティーイベントも今後継続的に行われていくということで、
ホントに頼もしく素晴らしいことだ。

サッカーのみならず、他のスポーツでも芸能界でも
様々な支援活動やイベントが繰り広げられ、
善意の輪は世界的な規模でドンドン拡がっている。
人が人を支え合い、助け合う姿には、国を超え人種を超えて胸を打たれる。

ゴルフの石川遼君(19歳)は昨日、
本年度の獲得賞金の全てと、ワンバーディにつき十万円を寄付すると宣言し、
これからの一打一打は被災地で闘う皆さんと共に頑張って行きたいと言ったのだ。

一人一人が「自分にできること」を見つけ、そして行動している世界の動向に、
「人間ってすばらしい!」と思ってしまう。
他者を思いやる心、それは『想像力』に外ならないのだ。
人から発せられる言葉には、
その『想像力』の度合いの強弱が明確に現れるものなのだろう。

しかし、こういう状況に於いても
その『想像力』を著しく欠いていると感じる発言に出くわす事も少なくはない。
こういう時だからこそ、
その『想像力』の貧困を感じることにはとても敏感になってしまっているのだろうか。

「戦後最大の国難(!!!)を乗り越えるべく全力で頑張って行かなきゃなりません…」
と大仰な言い方で他人事のように響く言葉しか発せられない菅首相や、
「がんばろう!日本!」とか
「つながろう!日本!」とか
「信じあおう!日本!」
と誰もが、『DO!』ではなく『LET!』で支援コメントを送っているのに、ただ一人
『がんばれ!日本!』と
他人事のように叫んでしまう、巨人軍の原監督には
どうしても「想像力の卑小さ」を感じることを否めないのである。
しかも原監督に至っては、今季四月の東京ドームの使用が出来ないことに関して

「小さい声でしか言えないけど、ドームが使えないのは淋しいよ。被災者の事情も節電のことも解ってはいるけど、東京ドームは我々の城だからね」
と記者に宣ったらしい。

事情が解ってるんなら言うなよって思うし、
言って喜ぶ人は一人もいないことは分かるはずなのに敢えて小声(?)で言ってしまう所にこの人間の「さもしさ」や「賎しさ」そして「奢り」すらを感じてならないのだ。
「人間力」の教育をどうやら享けてないのかもしれないと思ってしまう。
ホントに残念だし情けない気持ちでいっぱいである。

いつもこの二人のリーダーには予想通り「ガックリ!」の結果を食らわされ、
いい意味での期待外れを起こして貰ったことは記憶がない。
何故だろう?
何なんだろう?
どうしてだろう?
根本的に深い所で考えたり生きたりすることがないのか、少ないのか、なかったのか、
そもそも感情を司る心の『部分』が『浅い』のだろうか?
ホントに残念であるが、
この日本の二人の『リーダー』の言葉に感動したり心を動かされたことは皆無である。

今年三月二十三日、特別な開催となった春の選抜高校野球での、
岡山県代表 創志学園高校主将・野山慎介内野手の選手宣誓には心から感動した。

宣誓
私たちは十六年前、阪神淡路大震災の年に生まれました。
今、東日本大震災で多くの尊い命が奪われ、私たちの心は悲しみでいっぱいです。
被災地ではすべての方々が一丸となり、仲間と共に頑張っておられます。
人は、仲間に支えられることで大きな困難を乗り越えることができると信じています。
私たちに今できること。
それはこの大会を精一杯元気を出して戦うことです。
がんばろう!ニッポン!
生かされている命に感謝し、
全身全霊で正々堂々とプレーすることを誓います。

十六歳の少年のありのままの気持ちに溢れた素晴らしい選手宣誓は、
これから先、ずっと語り継がれて行くに違いない。
『想像力』の豊かさから生まれた言葉には、
人を励まし、人を動かし、人を勇気づける『力』があると改めて思うのだ。

あらゆる被災地の人々からは、『想像力』に満ちた『がんばろう!ニッポン!』が欲しいという切なる叫びが今日も聞こえてくる。

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2011年3月25日 (金)

震災より二週間が経った今も…

色々と考えがまとまらないうちに
次々と我々日本人に降りかかる難問の多さに溜息しか出て来ない現実と、
日々送られてくる被災地の人々の懸命な『生き抜く姿』が重なって、
『今できることは何か?』
と考えてとにかく行動する事が一番大切である事を常に実感してしまう自分がいる。

今先程、ここ暫く人前に顔や姿を顕さなかった『菅』という総理が、
「国民へのメッセージ」と称して、例の未作業の作業服で姿を顕した。

「メッセージ」にはなってない「一般的な総論」をグダグダと喋るこの人には、
きっと被災者の方々の痛みはこれっぽちも解ってないんだろうな、
この人にはまるで『想像力』がないんだろうなと、つくづく感じてしまった数分であった。

話せば長くなりそうだから、今日のblogでは、先日新聞に載った
我が『やなせたかしアンパンマン』
からの被災者への心のこもった『メッセージ』を
皆さんに是非読んで貰おうと思います。

▼アンパンマン公式ウェブサイト
http://anpanman.jp/

▼東京中日スポーツの記事から
(クリックすると拡大します)
Anpanman_shinsai

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2011年3月18日 (金)

『虚心坦懐』な日々を、今こそ!

あれから一週間

一週間前の14時46分、巨大地震は起こった。

東京でもかつて経験をした事のない『揺れ』が僕たちを襲った。
東北地方を震源と知る事もままならずに『揺れ』の『恐怖』の中で
震えていた一週間前の自分を思い出している。

死者・不明者併せて一万六千人をはるかに超える犠牲者を
今現在で数えているこの巨大地震は、千年に一度の規模の災害になってしまった。
度々目にする被災地の惨状からすると、
まだまだ沢山の犠牲者の数が増えて行くのかもしれない。
一週間前と同時刻に僕も『黙祷』を捧げた。合掌。

地震・津波・原発事故と三重に起こった惨禍と闘う被災者の人々を思えば、
言葉も出て来ない。
物資も様々不足し、戻り冬のような極寒の気候が続き、もはや極限状態にいる被災者も多いのだろうと容易に予想が出来る。
とにかくとにかく、明日が必ず来る事を信じて生きて欲しいと願って止まない。
それにしても今日本は何かがおかしくなっているような気がしてならない。
人間の心がもっともっと前向きで誠実で屈託のない風になって欲しいと願っている。
真実を真実として語り、虚勢を張らずに今こそ
人皆『虚心』であってほしいし、また、そうありたいと思う。
こんな非常事態だからこそ、人間は初心に返り、我欲を捨てて、他人や弱者を労り思いやる気持ちになるべきだと思う。

一昨日の天皇のメッセージは本当に素晴らしかった。
あらゆる立場の人々に思いを馳せて
「皆が労り合ってこの不幸な時期を乗り越えて欲しい」
「希望を捨てずに身体を大切に明日からの日々を生き抜いて欲しい」
と、陛下の衷心からの率直な心情をビデオのメッセージで国民に送られたのだ。
そして『計画停電』の困難を国民と分かち合いたいと、
皇居での暮らしに於いても電力を一日二時間止められているそうだ。
このお言葉や姿に心を動かされない人間はいないと思いたい。

今一度、歩を止めて自分達の足元を見直しながら、
再び歩き始める事が必要な事なのかもしれない。

プロ野球は開幕の日を巡って、様々かまびすしい声で揺れている。
我利我欲の臭いがしてならないセ・リーグ球団側の25日強行開幕案は、現在の世論や風潮になじまないような気がしてならない。
選手、ファン、世論が概ね納得する結論を心から望みたい限りである。

いずれにしても、様々な難題はまだまだ解決を見ていないけれど、一人一人の
『虚心坦懐』で必ず乗り越えて行けるに違いないと信じて止まないのである。

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2011年3月15日 (火)

僕は絶対に忘れない、2011年の3月を。

月が代わって半月が経ってしまった。

それはとてつもなく長く重い半月になってしまった。

今、目の前に繰り広げられる現実はまるで夢幻のような風情で重苦しく迫ってくるのだ。
言葉も出ず胸の辺りがずっと息苦しいままの数日を過ごしている自分がいる。
未曾有の地震と津波がもたらした惨憺たる三陸海岸一帯の光景はまるで
阿鼻叫喚の地獄絵巻のようだ。

海を慈しみ、海と向き合い、海と共存した長い歳月を過ごして来た人々に、
2011年3月11日の海は悪魔のような顔をして鋭過ぎる牙を剥いて暴れ狂ったその現実はあまりにも哀しく悔しく悲惨で残酷な取り返しの出来ない一日を刻んでしまったのだ。
そして、数え切れない人々の、生命、住居、家族、そして人生や暮らしやそのかけがえのない営みの歴史までをも奪ってしまった。

涙が止まらない。

今、日本中いや世界中の知らない人達からの励ましや声が沢山寄せられている。
世界各国からは早々に救助隊や救助犬が現地入りして被災者や行方不明者や孤立して助けを求めている人々の援助に奔走し続けて下さっている姿には
頭が下がるし感謝の気持ちで一杯だ。
勿論、我が国の自衛隊や警察隊や消防隊のたゆまない援助活動には誇りさえ感じる。
そして今朝の新聞には、世界で最も貧しい国、
バングラデシュが、救助隊の派遣を申し出てくれた事が報じられていた。
人間の心の深い所にある『助け合い』の精神は何と気高く素晴らしいものだろうか。
未曾有の悲劇に向かう沢山の人間の姿には胸を打たれる。
本当に一日でも一秒でも早い救助と復興を祈る気持ちで一杯である。

僕たちに出来る事をしっかり考えて祈りを送り続けて行こうと思うのだ。

2011年3月11日、『この日』を僕は、僕たちは決して忘れずに生きて行かなきゃいけない

1995年1月17日に起こった『阪神淡路大震災』と共に…。

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