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2011年4月12日 (火)

『想像力』(3)-大震災から一ヶ月経った今
改めて思うこと-

あの大震災から一ヶ月が過ぎた。

未だ行方不明の人々が一万三千人を超え、
町ごと流されてしまって行政機能が全く麻痺してしまっている地域も多く、
実際はまだまだ行方不明者は増えるのではと言われている現在、
この災禍は我々人間の想像や経験を遥かに超えた甚大な天災であったといえる。

日に日に危機的状況が改善されるどころか悪化の一途を辿る福島の原発事故から、
その復旧作業の遅れも否めない所だが、余りにも広域に亘る被害が、懸命に作業を続ける人々に焦燥感を募らせてしまっているように思えてとても杞憂する所である。
十万人に及ぶ自衛隊員が休む暇もなく行われている、不明者の救出捜索作業はこれからも途方もない時間との闘いが続いて行くのだろう。

それにしても大きな余震が一向に減って行かない。
折角ライフラインが整い始めた所だというのに…という声も絶えない。
この自然が我々に与える試練は一体何処まで続くのだろうか。

総務省の融通なき原理主義的な決断で行われた、統一地方選挙第一弾も、
どさくさの中で幾つもの県の首長が決まっていった。
思考停止に陥りがちな我々国民に将来四年分の選択を迫った、国の責任は想像以上に大きいように思えてならない。たとえ同じ結果に終わるとしても、
ここは全国的な延期の決断をするべきであったと思うのだ。

いろいろとあったプロ野球も今日いよいよ開幕だ。

何もかにもが、何かしら落ち着きのない形で始まって行く。
勿論全てが止まっている訳にはいかない。
必要以上の『自粛』は控えるべきという声も多い。
どれもどの意見も間違っていないし、多面的に見れば様々な考えがあって当然だ。

先の見えない不自由な環境で、
生きる意思すら定まらない人々も限りなくおられるのではないだろうか。
皆が皆、強く前を向ける人間でもないのだから、
人ごとではない状況を自分の事として考えて行動する『想像力』を常に持ち続け、考え続けて行ける人間でありたいと、改めて強く思うのである。
そしてこの『おもい』はこれから何年も持ち続けて行かなければいけない。

開幕を前に
我がドラゴンズ監督・落合博満が昨日震災以来ずっと閉ざしていた重い口を開いた。

「我々は命を与えられて、生きて、この仕事をしている。
元気な者がよりもっと元気になって、その輪を広げていくしかない」
と、無力感を抱きながらも、
「プロ野球人としてグラウンドで最善を尽くすのが使命である」
と。

生かされた者達こそが強く生きる事も大切な事なのかもしれない。

合掌

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