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2011年4月25日 (月)

『想像力』(4)-新しい日本を創造する為に…-

被災地に桜が咲いた。

崩壊した町並を臨みその散乱した瓦礫の丘に、
切ない位に美しい桜が満開になっている。

家を失い家族を失い町を失ったけれども、生きることを与えられた人々が皆それぞれの想いで、今年の桜を、今年の春を見つめている。

花見を呼び掛けた年老いた男性は、
「息子を亡くして自分だけが生き残って辛い苦しい毎日だったけど、
こうして町の人達に花見を呼び掛けてよかった。生き残った町の仲間が桜を見つめる顔が見られて元気が湧いて来た。頑張って息子の分まで生きなきゃと思ったよ」
と語っておられた。
また中年の女性は目を潤ませて
「自分の中の時間がずっと止まっていたんだけど、こうしてここに思い切って来てよかった。こんなに綺麗な桜の花を見たら、季節は流れているんだな、確実に時は流れているんだなと心から思えて来ました。生かされた自分はしっかりしなきゃと思いました。」と……。

この国の全ての人々は、特別な春になった今年、本当に色々な命題と、出会い、考え、悩み、新たな価値の創造を余儀なくされる。
そして、ありとあらゆる『想像力』が試されることになる。
原発による避難区域が警戒区域に変わった。政府の発表が刻々と変化して行くのに
とにかく説明が少なく理解することに困難を要する。
当該者ではない我々にも解らないことを、
当事者である福島県民の人々が理解出来る訳がない。
あれほど『安全』を連呼し続けたくせに、その見通しの甘さには辟易してしまう。
そういえば、『安全』を合言葉のように唱えていた「原子力推進派の東大原子村の御用学者達」の顔を最近メディアではすっかり見かけなくなってしまった。
まさか外国に逃げたのでもないだろうに…。
福島に皆で行って避難をされている人達の前でちゃんとした『説明』をして来てほしい。

20日、世紀の無能無神経な、我が国の宰相は、福島の避難所を初めて訪れた。
「来るのが遅いぞ!」「今頃何しに来たんだ!」「内閣でごちゃごちゃ言っている人達は皆ここに来て暮らしてみて下さいよ!」「もう限界だぞ!」
などの沢山の怒号に迎えられたらしい。
やり方、考え方、丁寧な進め方、被災者を思いやる言葉の発信、
心の篭った姿勢次第で大きく拍手喝采を送られ感謝されたかもしれないのに…。
畢竟するに、こうしたひとつひとつの態度は全てその人に備わった『想像力』に由来するのに違いないと思うのだ。
避難所を慰問に訪れる天皇陛下夫妻ら皇室の宮様達、著名な芸能人や文化人達も皆誰もが、避難所の人々と膝を突き合わせて、声を掛けられていたのに、この菅という首相は、立ち膝で被災者や避難民と相対していました。この礼節を弁えない不埒な輩の佇ずまいから、この人は本当に「育ちが悪いのでは?」と思ってしまう。

首相肝煎りの「復興構想会議」なる会の座長の五百旗頭(いよきべ)氏は、
東日本の瓦礫を集めて「記念公園」を造ろうと宣ったらしい。
またこの人は国民全体で復興すべく「復興税」を早々に提案したらしい。
まだ何も決まっていないのに…。
全く狂っているとしか思えないリーダーである。

また、20日は原発賠償の為に、電気代を値上げする必要があると経済産業省の大臣が宣った。東電を存続させることを前提に、東電の資産吟味すらもなされる前に、国民負担を決め付ける発言はあってはならないことである。
僕達はこんな民主主義を冒涜した暴挙を決して赦してはならないのだ。

劣悪な極限状態で苛酷な作業をひたすら続ける、福島原発の作業員も、食事も入浴も睡眠も不自由なままで交代も思うようにならないで救出復旧作業を続ける自衛隊員も、皆、誰かの為に、国家の為に働くマシーンと化しているかのようだ。
苛酷に働く人間にも 歴とした人権はあるのだ。
そして彼等は皆、現代社会の底辺を支え続ける、しがない労働者達なのである。
いつの日も、手を汚さずして潤う者と泥泥になって働いても貧しいままの者がいる。
東電は社員の年俸を一律二割カットと数千人のリストラを行う旨を発表したらしいが、結局いつも馬鹿を見て犠牲になるのは雇用される弱者側の人間なのである。

格差は永遠に縮まらないままに歴史が刻まれて行くこの国は、今こそ『新しい秩序』『新しい価値』を作り直して行かなければいけない『時』なのではないだろうか。

沢山の罪なき東日本の海や土に散ってしまった尊い魂に報いなければならない必然が、今生きている僕達にはあるのだ。
『想像力』とは何か、
これからもずっと考え続けて行かなけれはばならないと改めて心に強く思った。

そして『想像力』に満ち溢れた『新しい国・日本』を創り出そう!

そう決心しながら、この項のまとめにしようと思う。

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2011年4月12日 (火)

『想像力』(3)-大震災から一ヶ月経った今
改めて思うこと-

あの大震災から一ヶ月が過ぎた。

未だ行方不明の人々が一万三千人を超え、
町ごと流されてしまって行政機能が全く麻痺してしまっている地域も多く、
実際はまだまだ行方不明者は増えるのではと言われている現在、
この災禍は我々人間の想像や経験を遥かに超えた甚大な天災であったといえる。

日に日に危機的状況が改善されるどころか悪化の一途を辿る福島の原発事故から、
その復旧作業の遅れも否めない所だが、余りにも広域に亘る被害が、懸命に作業を続ける人々に焦燥感を募らせてしまっているように思えてとても杞憂する所である。
十万人に及ぶ自衛隊員が休む暇もなく行われている、不明者の救出捜索作業はこれからも途方もない時間との闘いが続いて行くのだろう。

それにしても大きな余震が一向に減って行かない。
折角ライフラインが整い始めた所だというのに…という声も絶えない。
この自然が我々に与える試練は一体何処まで続くのだろうか。

総務省の融通なき原理主義的な決断で行われた、統一地方選挙第一弾も、
どさくさの中で幾つもの県の首長が決まっていった。
思考停止に陥りがちな我々国民に将来四年分の選択を迫った、国の責任は想像以上に大きいように思えてならない。たとえ同じ結果に終わるとしても、
ここは全国的な延期の決断をするべきであったと思うのだ。

いろいろとあったプロ野球も今日いよいよ開幕だ。

何もかにもが、何かしら落ち着きのない形で始まって行く。
勿論全てが止まっている訳にはいかない。
必要以上の『自粛』は控えるべきという声も多い。
どれもどの意見も間違っていないし、多面的に見れば様々な考えがあって当然だ。

先の見えない不自由な環境で、
生きる意思すら定まらない人々も限りなくおられるのではないだろうか。
皆が皆、強く前を向ける人間でもないのだから、
人ごとではない状況を自分の事として考えて行動する『想像力』を常に持ち続け、考え続けて行ける人間でありたいと、改めて強く思うのである。
そしてこの『おもい』はこれから何年も持ち続けて行かなければいけない。

開幕を前に
我がドラゴンズ監督・落合博満が昨日震災以来ずっと閉ざしていた重い口を開いた。

「我々は命を与えられて、生きて、この仕事をしている。
元気な者がよりもっと元気になって、その輪を広げていくしかない」
と、無力感を抱きながらも、
「プロ野球人としてグラウンドで最善を尽くすのが使命である」
と。

生かされた者達こそが強く生きる事も大切な事なのかもしれない。

合掌

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2011年4月 7日 (木)

『想像力』(2)
-今、日本の『それ』は、
あまりにも歪んでしまっているようだが…。-

今年も桜が咲いた。

切ないほどに美しく咲いている。

じっと見つめているうちに、目頭が熱く潤って来てしまう。

今年の桜。
この狂おしく胸が詰まる想いはいつまでも忘れないようにしよう。

毎日毎日、思考停止に陥っている時間が度々訪れて来る。

あの日からまもなく一ヶ月になるというのに……。

毎日毎日物凄い勢いで支援の輪が拡がり続けている。
日本人の皆が自分の事以上に、被災者の人達の為に「何ができるか」とそれぞれが、弛まない「想像力」を巡らせながら、様々な形での支援を送り続けている。
義援金のチャリティー募金活動も、あらゆる著名人達がそれぞれ毎日どこかで行っているし、各HPなどで継続的に募金を呼び掛けているものもある。
また避難所に直接出掛けていっての温かい食べ物などの大量の「炊き出し」をしたり、「歌や笑い」を届けに行く芸能人のニュースも次々と報道されている。
どれもこれもあれもこれも全て一つ一つが、
素晴らしいチャリティー活動で心を打たれるし感動する。
何よりも、被災地の人々に一瞬だけど「笑顔」が生まれる時、思わず涙が出てしまう。
百億円を送った立派な実業家もいれば、
全財産の二百六十億円を寄附した海外のスターもいる。

とにかく凄い、とにかく人間の「おもいやり」には限りがない。

しかし、残念なことにまだ、それらの義援金は現地には届けられていないようだ。
「支援物質を下さい!」という切実な叫び声が未だ絶えない今、
一体何が支援の足枷になっているのだろう。

政府や閣僚、大臣や首相には、
残念だが未だに『想像力』のかけらを感じることは出来ない。

国会もいつもやっているのではないのだから、
とりあえずは手の空いている国会議員全員が手分けして現地を訪れ、「炊き出し」でも「支援物資」の一つでも運んで行くべきだと思うのだが…。
それが『仕事』ではないのだろうか?
自分の『仕事』ではない人々が皆で、
あなたたち国会議員の『仕事』をやっているんです。

空しくなるのでもう止めよう、政府への愚痴は…。

その解決までは途方もない位の時間を費やしそうな原発事故の処理作業は、
今や世界レベルの大問題になってしまっている。
世界からは、沢山の数え切れない支援や被災者の人々の規律正しく我慢強い姿への大いなる称賛を貰っているのに、一昨日には、放射能に汚染された水を大量に海に無断で放出した無神経な行動に各国から非難や批判の声が届き始めてしまった。

この極端な温度差のある『日本の姿』は一体何だろうか?
世界中からは到底理解を超えた所に「日本の姿」が見えているのではないだろうか。

一昨日の夜、ニューヨークのエンパイアステイトビルディングを始めとした、
世界七ヵ国のタワーが『光のエール』として、
日の丸の『白』と『赤』を現すネオンで演出された『光の支援』を贈ってくれた。
アメリカの呼びかけで実現したこの取り組みが各国からの素晴らしい『光のエール』となって届けられて思わず目頭が熱くなってしまった。感謝!

なぜか歪んで見えてしまう今の「日本の姿」が
一日も早く『再生』をめざす為に一丸となっているように、
今は本当に心の底から祈り願う事しかできないのだ。

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