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2011年9月26日 (月)

常勝チームの監督が「辞める」意味は?

落合退任の報と共に始まった首位決戦天王山1stラウンドの4連戦が終わった。

神懸かりなまでに劇的な3連勝で驚異の4タテも夢ではなかったが、
結果は3勝1敗だった。
ヤクルト赤川の揺れる球には随分手こずっていたので次の登板にも要注意である。
シーズンとしても、落合中日としても、残された22試合は究極の集大成となりそうでとにかくワクワクしている。
何が起こるか分からないのが野球であるから余計に面白いのだ。
電撃的な落合監督退任発表から、連日色々な『声』が聞こえてくるが、名古屋という土地柄において「外様政権」の『8年』は、やはり長すぎたのかもしれない。
それが例え強いチームを維持し続けていたとしても…。
それは落合自身も薄々感じていたことだっただろうと思う。

多くのアンチ落合ファンや関係者にとっては
「やっと」だろうが、落合支持者にとっては
「もう」だったり
「なんで?」なのだろう。
しかし、強いままのチームを残して「辞する監督」「やめさせられる監督」がいたのもまた、落合ならではのことだったのではないだろうか。
退任発表の翌朝のトーチュウ紙上にあった、
中日スポーツ報道部長・増田氏による寄稿
『希代の勝負師「さらば落合」』がとても印象的であった。
彼は、勝負師・落合の在任8年にはアンチ落合派が増えたのも事実だとしながらも、
それは自分達報道陣の力不足もあって、言葉数の少ない落合の真意を伝えきれなかったことにも一因があると自戒している。とはいえ勝負師が一度リフレッシュするのには、
8年という年数はちょうどいい時期ではないかと。
そしてそれは落合本人にもファンにも(落合派にもアンチ落合派にも)
これまで見えて来なかったものがきっと見えてくるだろうと。

いつのまにか
「勝つ」ことに馴れ、「勝つ」ことが普通になってしまっていた8年間のドラゴンズを
一度リセットして見ることも僕たちドラゴンズファンに課せられたテーマの一つであろう。
果たして球団はファンにとってどうあるべきか、
プロ野球としての球団はファンの為に何をめざすべきか、
改めて考えてみるのにいい機会になるような気がする。

チーム成績の不振の責任を取って「辞める」のではなく、
チームのリフレッシュの為に「辞める」という、
「前代未聞」「奇々怪々」「荒唐無稽」な『退任劇』が何とも沢山の問題提起をしてくれた。

8年間の落合オレ流野球の集大成を味わいつつ
ドラゴンズ史上初の『連覇』で、
澄み切った秋の青空に
『落合博満』が何度も何度も跳ねるのを夢見ながら、
応援して行こうと思っている。

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2011年9月24日 (土)

2011・9・22 連覇の狼煙(のろし)が上がった日

2011 9 22

僕の中を激震が走った!

落合中日の終焉が告げられたのだ。

8年続いたオレ流野球が来年からは見られない。
勝っても勝っても、あるいは、負けても負けても、その人気は上がって来ることはなかった。
今まさに、ドラゴンズ史上初のリーグ優勝連覇に向けて、やっと鞭を手にしたばかりだった。

首位ヤクルトとの頂上決戦第1ラウンドが始まるその日の昼過ぎに、落合中日の終焉が発表されたのだ。

大将・落合はいつもと同じ、いや、いつもよりも穏やかな顔で決戦の指揮を取っていた。
そして3対2のスコアで4連戦初戦を勝利した。
試合後いつもと同様に
「ナゴヤドームの試合だったな。」と。
そして自分の退任発表に関しては
「契約書通りだよ。この世界はそういう世界だ。」
と淡々とコメントした。落合らしく最後までオレ流を貫いたのだ。

一夜明けた今朝、スポーツ各紙は全て一面でこの事実を報じた。
新聞によってそのニュアンスは微妙に違っているが、当該紙のトーチュウ以外は殆どが『解任=クビ』という論調で、この時期の発表の不可解さと功労者の落合に対して、
フロントの配慮のなさを非難する記事が並んでいた。

だからこそ、淡々とその事実を受け入れて、
残った『任』のある20数試合の指揮を粛々と執ろうとする大将の姿には感動さえ覚える。

この世界では本当に辞める時はこんなもんなんだろう。

そして9・23の第2戦も、第1戦同様見事なまでの集中打で追い付くヤクルトを振り切って6対2で連勝した。落合野球の象徴だった『アライバ』こと、『荒木と井端』の活躍だった。

8年前、このふたりを二遊間に固定することからオレ流野球は始まったのだ。
日本一の二遊間、そして1・2番コンビを作り上げて相手チームの嫌がる野球をやり続けてきた8年間。しかし、ここ1・2年は井端の故障やそれぞれの不調でこのコンビがチグハグになってしまい『アライバ』が、機能マヒに陥った期間も長く続いたりした。

しかし、9月になってまたこの『アライバ』が蘇り、それ以降チームが徐々に反撃のリズムを取り戻したばかりだった。

第2戦のヒーローインタビューには『荒木と井端・アライバ』が揃って立っていた。
このコンビを日本一のコンビに作り上げた師がチームを退くことを発表された翌日のこの風景には思わず胸が熱くなった。多くのドラゴンズファンもきっと同じ気持ちだろうと思う。

2011・9・22
落合退任発表の衝撃は、ドラゴンズ史上初の連覇への『狼煙(のろし)』であり『号砲』に思えてならない。
大将の退任に黙して語らぬ落合野球の申し子達がこの『連覇』という偉業を将への餞(はなむけ)にする日が来ると僕は確信したのだ。
今日も明日も明後日も、シーズン最後の戦いまで堂々と走り続ける落合ドラゴン達をこの眼でしっかりと見守って行きたいと思っている。

何とも奇遇な話ではあるが、かの「落合退任」の記者会見をした中日球団代表の佐藤良平氏は、僕の時習館高校野球部の5学年下の後輩である。

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