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2011年10月26日 (水)

野球には神様が、神宮には魔物が……

昨日のヤクルト×広島戦で、
今年度の全てのプロ野球公式戦が終了した。

さあ、いよいよ今週末からクライマックスシリーズが始まり
日本シリーズへと究極のポストシーズンが繰り広げられて行く。

怪我人続出で満身創痍のヤクルトは、昨夜も広島のマエケンこと前田健太投手に
あわやノーヒットノーランという汚名をきせられる所だった。
消化試合の最終戦での大記録など、かつて聞いたことはなかった。
九回一死まではマエケンに完璧に抑え込まれていた。
解説をしていた若松も高木も
「これはいかん」
とヤクルト打線のあまりの精彩のなさを嘆いていた。
あと二人になったヤクルトは、代打・藤本を起用、
この藤本は今年は殆どが二軍暮らしで
昨日怪我した川端に代わって一軍に上がって来たばかりだった。
こんな時に限って…の胸騒ぎが、
なんと二球目のカーブを流し打ち、レフト線にちょこんとツーベースを放ったのだった。
マエケンはがっくり、ヤクルトベンチは大騒ぎ、広島ファンは「空気を読め!」といった、
ため息まじりの怒号やら歓声が神宮の森を一瞬にして包み込んだ。

その後は書くまでもなく、あっという間にマエケンは連打を喰らい、
逆転サヨナラ負けを喫してしまうのだった。
「天国から地獄へ」とはまさにこういうことをいうのだろう。

かくしてヤクルトは不名誉な記録を作ることなく、
最終戦をサヨナラ勝ちで終えたのである。
併せて今年を区切りに引退を決めた、
かつてのV戦士の石井弘寿投手の引退試合にも花を添えることができたのだった。

この神宮球場には『魔物』が棲んでいる、といわれて久しい。
まさに昨夜の神宮も『魔物』とやらにひと暴れされたようである。
今年のヤクルトはその『魔物』にいいようにもて遊ばれたような気がしてならない。
先日のブログにも記したように、
ヤクルト主力選手の八月のとあるヒーローインタビューでの

『ある発言』

に、野球の神様が「待った!」を掛けたことがあった。

8月の神宮は、ヤクルトが首位をひた走り
ドラマチックで神懸かり的な勝ち試合も多かった。
2位から4位のチームは連日星の潰し合いを繰り広げていて、
首位ヤクルトのしっぽを捕まえる気配さえなく、多くのファンや評論家は
このまま今年はヤクルトが10年経りのリーグ優勝を果たしてしまうのでは
といった雰囲気になっていたことは事実だった。
『魔物』は日夜顔を出し、ヤクルト選手の手助けをしていたのだった。
逆転勝ちやサヨナラ勝ちも多く
「負ける気がしねえ!」
とヤクルト選手が思うのも仕方がなかったかもしれない。
しかし、シーズンの消化は、まだ100試合足らずで、あと50試合近く残していたのだ。
それなのに、ヤクルトの看板選手の青木宣親は、
自らの放ったサヨナラ内野安打でお立ち台に立ち、
上気したこれ以上ない赤ら顔でどこかのアンチャン風に
「神宮暑いっすねえ!ホント、いやあ、めちゃくちゃ暑いっすよ。
僕たちは日本一しか考えてませんから、これからもドンドン勝って行きます…」
と宣ったのだ。
この青木ともあろう主力選手の
軽すぎる『発言』には、すこぶる違和感を覚えたのだ。
おそらく『野球の神様』も…。
なぜかといえば、まだ沢山の残り試合もあるし、このヤクルトというチームはクライマックスシリーズには一度しか出ていない、ましては1stシリーズで敗退したチームであって、
優勝経験者は宮本慎也ただひとりなのだから、
「日本一発言はあまりにも早いんと違うんかい?青木くん!」と思ったのだ。

かくして神宮の『魔物』は、この青木という若きチームリーダーを翻弄し、
平常心を失わせる悪戯に手を染めてしまったのだった。
『魔物』はこの後も悪戯の限りを尽くして行くのだ。
若手で純情な選手の多いこのチームに、
『魔物』は、「勘違い」という「落とし穴」を用意し、
常軌を逸する程に『優勝』という錯覚を植え付け、
「負ける気がしねえ幻想」を「洗脳」していったのだ。

そして9月に入り、10月という決戦の時に向けて、
「怪我人」「病人」を次々と生んで行くのだった。
他チームからは考えられない「リタイア選手続出」の事態が、
ヤクルトだけに起こって行ったのだ。
多くの評論家達も、「呪われているとしか思えない」などと言うまでに至っていた。
『魔物』が暴れて『神様』が裁く、
といった『試練』が最後までヤクルトというチームには施されて行ったのだ。

青木の勘違い発言のみならず、
実はあの人格者『宮本慎也』にも、『魔物』の悪戯は実行されたのだった。
9月に入って、日替わりの2位チームがジリジリと迫り来る頃、
敵地・広島に『魔物』は現れたのだ。
リードされて敗色濃厚の終盤、宮本の同点スリーランがレフトスタンドに突き刺さった。
一塁ベースを回った所で、何と宮本は『ガッツポーズ』の拳を天に突き上げたのだ。
その日のプロ野球ニュースでは、解説の金村が
「余程うれしかったんでしょうねえ。
宮本のガッツポーズなんて今まで見たことがありませんよ。
それくらいにうれしかったんでしょうねえ!」とコメント。
チームリーダーであり、驕らず平常心でのプレーを専らにする野球道の達人ともあろう
『宮本慎也』をも迷わせてしまう『魔物』がここにもいたのだった。

青木の発言も宮本のガッツポーズもやはり、
普段感じることのない「違和感」を感じた僕は、
ヤクルトは必ず首位を脱落すると確信したのだった。
その日のプロ野球ニュースの最終トークでは、解説の谷沢が
「しかし、宮本のガッツポーズはいただけないなあ」
と言っていたのがとても印象的だった。

このことをどのタイミングでブログに書こうかと思い悩んでいたが、
昨夜の神宮のノーヒットノーランの恐怖からサヨナラ勝ちの歓喜への
約7分の地獄から天国へのドラマを目の当たりにして、
やはりこの『魔物』の話を書こうと決めたのだ。

青木は今、「背筋痛」でパンク寸前らしい、
宮本は肺炎は癒えたが足のふくらはぎ痛でギリギリの状態らしい。
二人のチームリーダーを翻弄した『魔物』は
週末からのクライマックスシリーズでは、どんな悪戯を施すのだろうか?

実るほど頭を垂るることが出来ず、勝って兜の緒を閉め忘れたヤクルトに
「神様の試練」は果たしていつまで続くのだろうか、これもまた興味深い点である。

最後の最後まで謙虚に平常心で気を抜かずに
落合ドラゴンズには頑張って貰いたいと願って止まない。

『やりまーしたあー』は日本一になってからで行きましょうね。

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2011年10月21日 (金)

「ドラノート2011」が終わる日は果たして?

ドラゴンズは昨日無事に2011年度の公式戦144試合の日程を終了した。
サヨナラ負けで始まりサヨナラ負けで終わったシーズンも珍しいことだろう。
連戦の疲れを取り、約二週間後から始まるポストシーズンの戦いに備えるばかりだ。

高木新体制の動きもあるにはあるが、ファンにとっては、
8年続いた落合ドラゴンズに、8年連続Aクラス、4度のリーグ優勝、
日本一1回という申し分のない成績を体験させて貰い、そのチームの最後の最後の仕上げを見届けるまでは本当のシーズンが終わらない所であろう。

日本一を引き続き取りに行くチームの大将が辞め、
コーチの殆ども今年限りという、通常では考えられないことが起きている
このチームの異常な事態はすこぶる奇異ではあるが、
落合言う所の「契約社会」だから仕方ないことなのだろう。

僕の手元に「ドラノート2011」という一冊のノートがある。
全144試合を観戦した僕の記録(試合のメモ)が記されたノートである。
今年は、いや、今年も結局、ドラゴンズの全試合を見た。
仕事や出張などでテレビの前にいられない時も、留守録をして後で必ず見た。
1試合を平均3時間20分として、延べ480時間ドラゴンズと向き合ったことになる。
選手のプレーの全て、監督やコーチの全ての動き、誰が打って誰が投げて
誰がいい働きをして誰がまずいプレーをしたのか、
自分だったらこうするだろうとか、何故監督はこうしたんだろうかとか、
アンパイアのストライクボールやアウトセーフの判定はどうだろうかとか、
相手投手や相手バッターの癖から特徴なとなど、
ある時は「スコアラー」のように、ある時は「評論家」のように、
またある時は「監督」のような『眼』で、見てきた144試合である。

プロ野球ニュースやスポーツニュースを後で見たり、
翌日のスポーツ新聞に書かれた落合監督や記者のコメントや記事を読んだりしながら、自分の『眼』と比較してみる。

こうした応援の仕方で一年間僕はドラゴンズと共に歩いて来たのだ。

ノートをペラペラとめくって見た。

色々なことが記されている。そしてすぐにその試合が甦る。
そして改めてこんな一年の歩みでよく『優勝・連覇』に辿り着いたものだと感心してしまう。
落合野球が我がドラゴンズにおいて終わることは考えもせず来たので、
このノートはとても意味のある貴重な物になりそうだ。

落合ドラゴンズ野球の最後の一年を
自分の筆で書き記して来て本当によかったと思っている。
そしてこの「ドラノート2011」の本当の終わりは、
11月20日の日本シリーズの第7戦になることを願うのである。

1日でも長く、
1試合でも多く、
落合のタクトのもとで戦い動き回るドラゴンズ戦士達を見ていたいから・・・・・・。

浅尾初め、何人かの選手達の優勝手記にも書かれてあった。

「落合監督と1日でも長く一緒に試合がしたい」ということが。

Dra_note2011

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2011年10月19日 (水)

『人間・落合博満』を垣間見る時、
『好奇心』の芽がドンドンのびて行く

2011・10・18
奇しくも29年前の同じ日に横浜の空には、竜の雄叫びがこだましていた。

僕は29才、息子が3才、娘が生まれた年だ。
当時ドラゴンズの中心選手・大島康徳 背番号 5の青い帽子を被った息子を連れて、
時間があれば後楽園や神宮や横浜に応援に出掛けた年でもあった。
三度目の優勝に歓喜して
優勝記念にビデオレコーダーを初めて買った思い出の年でもある。
29年前は仕事で横浜には行けず、留守録をした優勝ゲームのビデオを
後からゆっくり見た事を鮮明に覚えている。

昨夜は、横浜スタジアムの三塁側のスタンドに、すっかり大人になった息子と一緒に、
声を涸らした応援と言葉にならない感動の時間を過ごした。

2011d_renpa1

先制された試合が、トニ・ブランコの劇的な同点スリーランホームランによって、
球場が一気にドラゴンズファンだけの空間に変わって行く物凄い勢いの「うねり」は、
かつて味わったことのない感覚だった。

相手チームの選手やファンには申し訳ないが、これが『優勝』を目前にしたチームだけに赦される震えるような歓喜と感動のビッグウェーブなんだろうと思った。
知らない同士があちこちで、ハイタッチやらハグやら握手やら
悲鳴のようで言葉にならない言葉で喜び合う異様なまでの一体感は理屈ではない。

そして、午後9時43分、3対3で引き分けゲームセット。
8度目のリーグ優勝、ドラゴンズ史上初の連覇が達成された。

感動の胴上げ、
ファンの止まない「落合、落合、落合……」のスタンディングオベーション、
「ありがとう落合、ありがとう浅尾、ありがとう谷繁、
ありがとう荒木、ありがとうブランコ、ありがとう……」
と次々と選手の名前を叫び続けるファン達、
止むことのない優勝を歓迎し歓喜するセレモニーは
そこにいるドラゴンズとドラゴンズファンの為に延々と延々と続いて行くのだった。

2011d_renpa2

落合監督の優勝インタビューが始まる。
口下手な落合の口からは落合らしく勝利の分析や自軍のチームの成長や、
8年間の監督としての責任の話が冷静に語られた。
厳しい練習に必死に付いてきた事によって
強く逞しくなった可愛い選手達を「すばらしい!」と褒めたたえてもいた。
コーチやスタッフの労もねぎらい、
『岩瀬』という存在が強力投手陣を支えていた事も強調した。
そして最後に、東京ドームから横浜へと連覇の『目撃者』になろうと
必死に付き添ってくれたであろう、熱烈なドラゴンズファンに対して
「ドラゴンズファンは、勝っても負けても懸命に応援してくれて本当にすばらしい!
これからもドラゴンズを応援して下さいね!」
の感謝の言葉でしめたのだ。

自分の手から離れる来シーズンからも、このチームと、
この可愛い選手達をよろしくとのメッセージとして我々ファンの心に届いたに違いない。

オレ流と言われ、ともすると自分勝手で
自己中なイメージで語られる事の多い落合博満だが、
時折耳にする「実は…」という選手達とのエピソード等と共に、
昨日のインタビューにおいては
『人間・落合博満』の優しい「本心」が垣間見られたような気がして
とてもホクホクとした温かい気持ちになったのは僕だけではなかっただろう。

今朝、いつものようにあらゆるスポーツ新聞を買って来て読んだ。

感じたこと、考えたこと、泣けたこと、笑えたこと…色々あった。

しかし、これ程までに理解されなかったり理解されにくかった人間はかつていただろうか。

自分だけの「オレ流」物差しで人生や野球を、考え、語り、実践し、
決してブレない『人間・落合博満』への僕の好奇心はまだまだ永遠に続いて行きそうだ。

しばらくは、頑なに確信していた
『優勝・連覇』が実現した喜びに浸っていようと思っている。

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2011年10月17日 (月)

想定の内と外のあいだに

対ジャイアンツ、まさかの3連敗で終わった「覇権奪取・東京ドームの陣」。
優勝胴上げは、火曜日以降に持ち越された。

シーズン中でも同一カード3連敗は考えにくく、
ましてや対ジャイアンツ戦ともなれば、普段ならば互角の接戦が常だから、
殆どのファンや関係者も、東京ドームの3つのうちどこかでは胴上げが実現するものだと考えていたであろう。
名古屋からのファンも、
ちょうど金土日の3連戦で上京する計画も立てやすかったに違いない。

案の定、土日の東京ドームの入場者数はドーム始まって以来の記録だったらしい。
入手しにくい『プラチナチケット』をやっとの想いで手に入れて、
自分の見られる日に胴上げのラッキーが重なることを全てのファンが願いながら
ドキドキと応援をしていたことだろう。

3つの試合ともに序盤にリードを許したので終始敵を追い掛ける形になってしまい、
今季のドラゴンズには最も不得意な試合展開になってしまったことは
残念な限りであっただろうと思うところだ。
という意味では、3日間の東京ドームに応援に行ったファンは、
皆が『痛み分け』といった所だろうか。

一部評論家やファンの間では、
初戦、新人・大野雄大のサプライズ起用の『油断』や『奇策』が
歯車を狂わせた的な意見が飛び交ってはいるが、
13連戦という戦いの中で、
ナゴヤでの天王山・対ヤクルト4連戦に連勝した後の『燃え尽き症候群』が
「CS出場権」を是が非でも勝ち取らなくてはならない「一つも負けられない巨人」の
気迫と圧力にいとも簡単に屈してしまった結果と言えるのではないだろうか。

昨年のシーズンでは逆に試合のスケジュールが対巨人、対阪神との戦いの後には
必ずヤクルト戦が組まれていて、巨人と阪神との戦いで「燃え尽きた」あとの
ヤクルト戦が必ずブラックボックスに入ってしまって、
ヤクルトだけに負け越したのを思い出すのである。

この3連戦3連敗は、『想定』の「内と外」の「あいだ」の結果であったのだろうと思うのだ。
野球の神様は「神無月」で今月は少し休息をしているのだが、
初戦の新人投手の大胆起用という「辞める監督の重大な責務」を果たした試合後、
落合の呟いた何気ないひと言に敏感に反応したのかもしれない。
落合の
「こういう起用はうちにしか出来ないと思うよ」
という言葉に「油断と奢り」を感じて、
『神様の冷や水』を浴びせようと考えたのだとしたら、納得できないことでもないのだ。
いつも落合がかねがね言ってきたこと、
「油断をしたりスキを見せることをすると
足をすくわれてエライしっぺ返しを喰らうから気をつけろ」
ということを、自ら禁を犯してしまったことは、
落合自身の『想定外』なことではなかっただろうか。

今日という休養日に『想定外』な自分の『過ち』を神様に懺悔をしている
「敬けんな落合」がいることを願うばかりである。

余談だが、神様は僕には微笑んでくれたみたいだ。

実は、かねてから、勿論優勝とか胴上げとかいったことは考えることもなく、
「落合退任」のニュースの後まもなく、東京地区での最後の試合となる
明日の横浜戦の3塁側の指定席を入手していたのだ。

半ば東京ドームで決まった後の消化試合になるはずだった明日の『プラチナチケット』を、
難なく手に入れている僕に「神様」は、今年一番の微笑みをくれたのだと思うと
「落合の過ち」も有り難い悪戯であったのかもしれない。

そうなることを祈りつつ、穏やかに今日明日を過ごして行こうと思っている。

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2011年10月15日 (土)

落合=森ドラゴンズ政権が果たした責務

昨夜、胴上げは見送られたが、
ドラゴンズにとってはひとつの歴史の引き継ぎの儀式が謀られた。

優勝争い真っ只中の、しかも勝てば優勝胴上げもありうるまさに『ディス ゲーム』に、
今年度ドラフト1位の大野雄大を先発投手に落合は指名したのだった。
しかもプロ入り初登板だった。
肩に故障を持ちながらも、昨年秋のドラフトでは沢村拓一を回避してまでドラゴンズが1位指名をした逸材の左腕は、約一年のリハビリを経て晴れて一軍の試合、
しかも優勝のかかった試合に指名されたのだ。
敵軍・ジャイアンツのマウンドには、同期のライバ沢村拓一が立ちはだかっていた。
ライバルは今季既に華々しい活躍を果たし、
新人二桁勝利を挙げて新人王当確と言われている。
大器・大野は、無惨にもプロの洗礼を浴びながら、
4イニングを9安打7失点で初登板を終えた。
しかし故障の癒えた肩は今季のマウンドを踏む事ができたのだ。
大野雄大にとっては、生涯忘れることのない苦いデビューとなっただろう。しかし、連覇を賭けた先輩達をバックに打たれても打たれても投げ続けた78球は、
大野の心の中に、悔しさと同時に宝物になって行く事を願って止まない。

落合は試合後、
「いい勉強になったじゃないか。投げられなかったやつが投げられるようになったんだ。
これからがんばればいいじゃないか。」
と言った。

落合と共に8年間ドラゴンズ投手陣を預かって来て、
落合と一緒にユニフォームを脱ぐ森繁和コーチは、
「俺達の最後の仕事としてドラフト1位の大野を一軍の板の上に乗せる事が出来た。
ここからは大野自身がプロの厳しさを自分の肌で感じてやっていけばいいんだ」
とコメントを残した。
来季からの高木政権に、将来の大器・大野雄大をプロデビューさせておく事は、
落合=森政権の大きな責務であったのだ。

かくして、「覇権奪取・東京ドーム秋の陣」は劇的に始まった。
昨夜も手負いのヤクルトは阪神に大敗し、ドラゴンズのマジックは1となった。
今夜、チェンがほれぼれとした快投を見せてくれる事を信じている。
いみじくもこのサウスポーエースのチェンも、来年は大リーグ行きが確実視されていて、
今夜が今季の公式戦最終登板になるのだろうか。

とにもかくにも、落合ドラゴンズの最終局面は刻々と近づいているのだ。

そしてひとつひとつの場面がどれも見納めとなって行くのだろう。

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2011年10月13日 (木)

実るほど頭(こうべ)を垂るる稲穂かな

さあ、マジックが出た!

眼下の敵・ヤクルトとの天王山第2ラウンドの第3戦を勝ち切った落合ドラゴンズは、
昨年覇者の貫禄で着実なる歩みを進めている。

奢らず、焦らず、実に平静に、目の前のひとつひとつの試合を、
日頃の練習の成果として戦っている証明を今僕達に見せてくれている。
今季限りでドラゴンズのユニフォームを脱ぐ落合監督はじめ十数人のコーチ達の有終の技が『連覇』という『作品』を書き上げようとしているのだ。

8月末、ドラゴンズは最大ゲーム差『10』を首位ヤクルトにつけられていた。
その頃、ヤクルトは神宮の杜で連日連夜、勝利の雄叫びを上げていた。
そのヤクルトが、何故ここに来て失速し、
ファンの10年ぶりの優勝への悲願を断ち切る事になろうとしているのか、
僕には、8月のヤクルトのある選手のヒーローインタビューでの一言が、
そのヒントとその要因であったような気がしてならないのだ。
勿論、ヤクルトにも今はまだ優勝の芽が残っているし、勝負事は最後の最後まで解らないので今日はその事についてはこれ以上言及しないけれど、
その8月のヤクルト主力選手の言葉には異常なまでの『違和感』が残った。
「野球の神様」が、
最後にこのチームに振り向くことはないような気がしてならなかったのだ。

「実るほど頭(こうべ)を垂るる稲穂かな」
この諺を今改めて思い返すのであった。

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2011年10月 7日 (金)

落合と小沢の『最終戦争』の火蓋が切られた日

開幕から131試合。
堂々とヤクルトを抜いて首位に立った、我が落合ドラゴンズ。
昨年は130試合を終えた時だった。
優勝への逆算が今年もまた計ったような緻密さで行われたようだ。
しかしその緻密な実行は音もなく普段通り、
気負いなくごく自然に成された所に大きな意味があるのだ。

昨夜のヒーローインタビューでの荒木のコメントが実に象徴的であった。
首位に立った事を聞かれ
「首位になったからといって野球が変わるわけではないので、
1試合1試合集中してやって行くだけです」と。
淡々と実に自然な口調でいつも通りに語るこのチームリーダーに、
ドラゴンズの強さとその自信の確かさを感じてならない。
何があろうと『最後にドラは勝つ』という自信が…。
残り13試合、いつも通りのドラゴンズ野球、落合野球を見せてくれれば
自ずと結果がついて来ると確信している。

昨日は奇しくも、野球界で最も嫌われている監督・落合博満と同じく、
政界で最も嫌われている政治家・小沢一郎の初公判が行われた日でもあった。
小沢は冒頭陳述で異例の『検察批判』をとうとうと繰り広げた。
自らを、狙い撃ちのように執拗な捜査を長きにわたって続けた『検察』を
「日本憲政史上最大の汚点」
「暴力的なまでの民主主義の冒涜」
などと、なじりつづけたのだ。
それは、政治家・小沢一郎にとっての
「官僚社会」に対する『最終戦争』の『狼煙(のろし)』であろう。

落合と小沢のそれぞれの『最終戦争』の火蓋が、図らずも、
2011・10・6
という秋の同じ日に切られたのだった。

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2011年10月 4日 (火)

画龍点睛の十月が…

十月、神無月、急激に涼しく、
いや、ひんやりとした冷たい空気の季節に変わってしまった。

プロ野球もパ・リーグは早々とソフトバンクが連覇を果たして
昨年に続いてリーグ優勝を決めた。

セ・リーグは、いよいよ今日から最後の心臓破りの坂を昇る連戦が始まって行く。
我がドラゴンズは何と13連戦である。
落合野球の8年間の集大成となるべくゲームが繰り広げられる。
”アライバ”初め殆どの選手が落合就任後にレギュラーになったメンバーばかりだ。
結実しようとしている落合野球が『完成』する為には、『優勝・連覇』しかないのである。

「勝つことがファンサービスだ!」
とうそぶいて来て、マスコミや多くのファンから、疎んじられて来た”オレ流”にとっては
「勝つ」ことによってのみ、最後の「ファンサービス」ができる「チャンス」であり「責任」であり、8年間の「証明」であるのだ。

落合擁護の少数派である僕は『それ』を信じている。
退任報道後、あちこちで想定内の落合バッシング記事が溢れている。
ここぞとばかりにあれこれ書かれ続ける「さもありなん記事」も
全て「勝つ」ことが吹き飛ばしてしまうのだろう。

人の憶測や噂や罵詈雑言は、
今の落合という「馬」にとってはただの「念仏」でしかないのだろう。

先日仕事で名古屋に行った。
やはり、名古屋は『落合退任』で、驚きと喜びの空気が漲っていた(笑)。
来季から指揮を執る高木守道氏が、ドラゴンズの原点回帰を掲げて、
OBのコーチ起用の方針を発表したことによって、8年間ややもすれば元気のなかったOB達が日々元気に活発な動きを見せているという『噂』も聞くことができた。

それはそれでいいことではあるが、
まずは今年の、
この落合政権が『画龍点睛』を成し遂げる様を見届けたいと思うのだ。

111004

▲このブロンズは、
僕が高校球児だった昭和45年、高校3年の夏、
引退した時に貰ったものです。
先日、実家に帰った時に発見。東京に持って帰ってきました。
僕の一番の思い出です。

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