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2017年10月 3日 (火)

かつてドラゴンズは『AI』で先端を走っていた

◆10/ 1(日) ― 明治神宮野球場
 ヤクルト 4 - 6 中 日

秋めいた神宮の10月最初の日曜の夜、ヒーローインタビューに今も変わらぬ端正な顔立ちの背番号41番が立っていた。
レフトスタンドからは絶え間ない「浅尾コール」が鳴り響いている。
両リーグ3人目の『200ホールド』達成に、勝ち越し代打ホームランを放った松井佑介を差し置いて、浅尾はヒーローインタビューに呼ばれていたのだ。

この日、ヤクルト対中日の最終戦には2万4000人余りの両チームのコアなファンが駆け付けた。真中ヤクルトも残り2試合になりライトスタンドは早くから立ち見状況になり試合前から熱く盛り上がっていた。一方レフトスタンドも負けずと、京田の新人最多安打がどこまで伸びるか、ファームから上げてきた若い選手がどの位力を付けているか、様々な興味を抱きながら続々と青いレプリカユニフォームのファンが集まってきていた。ゲームも両チームの若手の躍動で接戦が繰り広げられ、消化試合とは思えない位の盛り上がりのうちに進んで行った。
7回に友永の投手強襲ヒットで同点に追い付き、ここからリリーバー勝負になって行った。
ドラゴンズブルペンでは谷元と浅尾が投げていた。
浅尾はその前に既に肩を一度作っていたので、7回裏の登板はどちらが行くか分からなかったが、予定通りだろうか谷元がマウンドに向かった。
簡単にツーアウトを取った時、森監督が登場。
ブルペンから41番がマウンドに向かう。
「ドラゴンズピッチャー谷元に代わり浅尾、背番号41」とアナウンスが流れる。球場中のドラゴンズファンからは物凄い大声援が起こった。
今でもドラゴンズファンに最高に愛されている浅尾が投げるのだ。その声援は今年最大のドラゴンズファンの叫びだったようにも思えた。
相手バッターはヤクルトの期待一番星の広岡である。
第1球136キロストレートでボール、第2球スライダーで見逃しストライク、第3球鋭いフォークで空振り、第4球パームボールでストライク見逃し三振だ。
「浅尾、浅尾…」の大声援が球場に響き渡った。
この時点で、200ホールドの権利は掴んだが、浅尾のホールドの為に段取られた登板には浅尾自身はきっと悔しい想いだったのではないだろうか。
ゲームは9回ツーアウトから京田がこの日2本目148本目のヒットを内野安打で出塁し、23個目の大島と並ぶ盗塁を成功させて、松井佑介の代打勝ち越しスリーランホームランのお膳立てをして神宮最終戦を飾った。
それと同時に浅尾の200ホールド達成という大記録が生まれたのだ。

浅尾は照れながら、記録達成の為にお膳立てをしてくれた監督コーチに感謝の意を表した。その反面ワンポイントの登板に甘んじる自分に悔しさを滲ませた。
でも、ファンもベンチも皆知っている。
浅尾がずっとこのドラゴンズを大車輪で牽引してきたことを…。
そして、この大記録達成位は楽をして成し遂げて下さいと皆が思っていたのだ。

あの頃、来る日も来る日も、浅尾はマウンドにいた。
あの頃、浅尾は僕たちのスーパーヒーローだった。
超人岩瀬と共に、毎晩毎晩毎日毎日、浅尾、岩瀬、浅尾
、岩瀬、浅尾、岩瀬…のリレーが当たり前で当たり前のように勝利をあげていた。
今から思えば、浅尾ー岩瀬はドラゴンズの『AI』だったのだ。時代の先の先を行く『AI』として先端を行っていたのだ。本当に恐るべし、ドラゴンズの『AI』には失敗の記憶が殆どない。
しかし、この『AI』の故障や不調、勤続疲労と共にドラゴンズの退潮が目立つようになり、現在に至っているのだ。
来年、この『AI』の『A』の浅尾が先発に移り、『I』の岩瀬も先発に移ることを、僕は願っている。
中7日でも、中10日でも、中2週でもいいから先発投手としての『AI』が見たい。

浅尾よ!200ホールド達成おめでとう!
406試合登板で200ホールド(38勝23セーブ)の偉業を達成できる投手は絶対に出てこないと断言する。

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